天才同士の出会い スコリモフスキとコメダ - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
天才同士の出会い スコリモフスキとコメダ

 私が昨年見た洋画のベストワンは『アンナと過ごした4日間』(08)だ。ポーランドが生んだ伝説の鬼才イエジー・スコリモフスキが17年ぶりに故国で撮った映画である。
 舞台はワルシャワ近郊の寒村で、主人公は独身の中年男レオン。彼は家の向かいの看護士寮に住むアンナの部屋を、夜な夜な双眼鏡で覗いている。レオンは、祖母の死をきっかけに、ある日、アンナのお茶に睡眠薬を入れて、深夜、部屋に忍び込み、ベッドで熟睡する彼女の傍らで時を過ごす。映画は、レオンにとっての至福と恩寵に満ちた四日間の出来事を、息詰まるようなサスペンスと絶妙なユーモアを交えて描き出している。
 スコリモフスキは1938年生まれ。父はナチスの捕虜収容所で虐殺され、母親もレジスタンス運動に関わっていたため、一時期、孤児院で育った。まるで同世代のロマン・ポランスキーを彷彿とさせる悲惨な幼少期を過ごしたといえよう。実際、詩人でボクサー、ジャズ・ミュージシャンでもあったスコリモフスキが一躍、注目されたのはポランスキーの出世作『水の中のナイフ』(62)とアンジェイ・ワイダの『夜の終りに』(60)の脚本家としてであった。
 ポーランド・ニューウェーブの旗手として名声の絶頂にあったスコリモフスキは、長篇第五作目の『手を挙げろ!』(67)で<スターリン批判>を行ったとされ、当局に国外追放を命じられる。以後、彼は西欧、アメリカ西海岸と世界各地を転々としながら、亡命者のような半生を送ることを余儀なくされるのである。
 昨年、来日したスコリモフスキにインタビューした際、母国ポーランドへの屈折した複雑な思いを次のように吐露したのが印象的だった。
「たとえば、アンジェイ・ワイダは映画を通してポーランドという国を広く世界にアピールしたいと考えています。でも私は彼のような愛国心は稀薄なのです。私は60年代に政治的なテーマを描いた『手を挙げろ!』を撮ったために、ポーランドを追放されました。以来、私には、世界中のどんな場所にもルーツはないのです。かつてはズビグニエフ・チブルスキーやクシシュトフ・コメダのような若い時に亡くなった親友たちがいました。彼らこそ、自分のルーツだったのかもしれません。私がつくる映画が、いつもメランコリックな喪失感や愛の困難さを湛えているとすれば、恐らく、そのような私自身の運命と深く関わっているからだと思います。」
 スコリモフスキの口からコメダの名前を聞いた時には思わずうれしくなってしまった。この<東欧のミシェル・ルグラン>ともいうべき天才作曲家兼ジャズ・ミュージシャンがポーランド映画史に刻んだ偉大な足跡は比類がない。
 スコリモフスキはコメダの率いるバンドでドラマーをやっていたこともあり、短篇『タンスと二人の男』(57)を準備中のロマン・ポランスキーに音楽の件で相談され、コメダを推薦したのだという。この不条理劇風な実験映画の傑作が、ポーランド映画史上、前衛ジャズが使われた最初のケースとなったのは周知の通り。以後、コメダはポランスキーと名コンビとなる。
 たしかに、『水の中のナイフ』でヨットが疾走するシーンに突然、オーネット・コールマンを思わせるような咆哮するサックスのソロが流れ出す瞬間のエクスタシーは、フランスのヌーヴェル・ヴァーグの諸作をはるかにしのぐほど先鋭的で官能的だった。
 60年代の後半、コメダはポランスキーとともに渡米するが、『ローズマリーの赤ちゃん』(68)を手がけた後、69年、ロスで交通事故に遭い亡くなってしまう。
 コメダとスコリモフスキとのコンビ作ではベルギーで撮られた『出発』(67)のスコアが忘れがたい。当時のアヴァンギャルド・ジャズを牽引していたドン・チェリー、ガトー・バルビエリが痙攣的で壮絶なプレイを聴かせて、圧倒されてしまう。
 そういえば、スコリモフスキの映画には、必ずといってよいほど、交通事故や列車事故のシーンが出てくる。彼のもう一人の盟友であり、『灰とダイヤモンド』(58)で非業の死を遂げるテロリスト、マチェックを演じたチブルスキーも列車に飛び乗ろうとして失敗し、轢死しているのだ。
 つねに、根絶やしにされた者に特有の癒しがたい弧絶感、あるいは清澄で、<メランコリックな喪失感>がオブセッションのように漂うスコリモフスキの映画は、彼自身にとっての亡き人々へのレクイエム、<喪の仕事>にほかならないのかもしれない。

 

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『アンナと過ごした4日間』紀伊国屋書店よりDVD発売中

 

 

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イエジー・スコリモフスキ監督

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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