加登屋のメモと写真…: 2021年5月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2021年5月アーカイブ

中野孝次さんほか

清流出版 (2021年5月20日 16:05)

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(1999年10月刊)

・先月、僕は清流出版の来し方を振り返って、多くの猫好きな作家に月刊『清流』への取材や寄稿、また単行本執筆などでお世話になり、ここまでやってこられたことを書いた。今回は、「犬好きな作家」にも言及して、お礼を申し上げておかなければ、不公平になるとの思いから、犬好き作家について書いておきたい。前回は、村松友視、小池真理子、南伸坊のお三方による猫鼎談について書いたが、実は犬鼎談も単行本として刊行している。『犬は東に日は西に』(1999年10月刊)がそれだ。犬好きにおいては、人後に落ちないというお三方の鼎談である。まず、ベストセラー『清貧の思想』で知られる作家・中野孝次さん。なんと柴犬好きが高じて、飼い犬と一緒のお墓に入りたいとまで言い、実際、立派な愛犬のお墓を建てたとか。そして漫画家・黒鉄ヒロシさんは、愛犬のゴールデンレトリバーと住むために、大型犬が飼えるマンションを購入し、犬と一緒に酒場通いまでしたという強者だ。三人目の劇作家・演出家として知られる如月小春さんも負けていない。幼い頃から傍に犬がいて、その犬に妹のように可愛がられて育ったという。そんな三人だから、初対面だったにもかかわらず、大いに盛り上がったようだ。

 場所は猫鼎談同様、東京神田駿河台の「山の上ホテル」で、昼食を挟んで、ほぼ丸一日かけて収録したものだ。もちろん単なる「犬バカ」ぶりの披露では終わらない。当然ながら、シリアスな現代文明論ともなっている。高齢社会の進展、ボケ問題、孤独死、ペットロス症候群等々が話題にのぼったのは、必然的なことであった。僕もできれば会場に出向き、ご挨拶だけでもしておきたいと思ったのだが、所要で伺えなかった。それにしても中野孝次さん、如月小春さんはすでに泉下の人となり、現在も活躍しているのは、黒鉄ヒロシさん1人になってしまった。

・この本の装丁・装画は、僕がダイヤモンド社時代からお付き合いのある和田誠さんにお願いした。小型・中型・大型の三匹の犬が、シンボリックに描かれているが、この画を見れば一目瞭然で和田さんの装丁だとわかる。この本の「あとがき」には、鼎談者三人の犬への熱い思いが書かれている。「犬好きの論客を三人集めておしゃべりさせたら、どういうことになるか。それを地で行ったようなのが、この鼎談だった」と書いたのは中野孝次さんだ。1999年9月9日の「九ずくめの重陽の日に」と書いてあるから、この日に「あとがき」を書いて頂いたのであろう。そして亡くなったのが2004年7月である。ほぼこの本の刊行から5年後に亡くなられたことになる。

 同様に「私の犬たちに 心からありがとう!」と綴った、如月小春さんは、なんと刊行からほぼ1年後の2000年12月に44歳の若さでこの世を去ってしまった。眩しいほどの才能の持ち主だっただけに、もっともっと活躍して欲しかった。あまりにも早過ぎた如月さんの死であった。僕の好きな演出家だっただけに、とても残念である。黒鉄さんに関してだが、実際に犬連れで酒場に行ったことがあるらしい。ご自身は当然お酒を飲み、ゴールデンレトリバーの愛犬は足元に座ってミルクを飲んでいた。実に微笑ましい情景が、まざまざと浮かんでくる。この愛犬は癌になったが、手術が成功して復活したことも聞いた。こんな飼い主と愛犬の情愛は、僕には分からないが、いい話だと思った。その後、どうしているだろうかと気になっている。


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(1998年11月刊)

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(2003年5月刊)
 
・大変お世話になった犬好き作家として、演出家・作家の久世光彦さんを忘れてはならない。久世さんの犬好きは有名で、なんと『犬に埋もれて』(2006年8月 小学館刊)という単行本まで出している。「文章と写真で綴る急逝した作家と愛犬の日々」と惹句にある。久世さんと愛犬(ポメラニアンがお好きだった)たちの、のどかで賑やかな日々として、多数の写真とともに犬たちとの心の通い合いが描かれている。その久世さんに月刊『清流』に長らく連載をして頂いた。写真とエッセイで綴る「あの頃、こんな暮らしがあった」である。最初は山本夏彦翁に書いて頂き、途中で久世さんにバトンタッチした。名だたる名文家二人のエッセイと当時の写真で、「鮮やかに甦る、昭和あの頃」は、大いに話題を呼んだ。昭和の時代、原っぱや露地では、ベーゴマやメンコ、あや取りや、ままごとで遊ぶ子どもたちの声が響きわたり、家では夕餉の支度に忙しい割烹着姿の母親がいた。そして、この連載エッセイは2冊の単行本として結実した。それが『昭和恋々 あの頃こんな暮らしがあった』(1998年11月刊)、『昭和恋々 パートⅡ』(2003年5月刊)であった。
 振り返ってみると、生活の中で昭和を感じさせるものが次々と消え去ったことに気づく。そんな懐かしい昭和の暮らしを名文家二人が、誌上で生き生きと蘇らせてくれた。夏彦翁は「下宿屋」、「髪床」、「質屋」などを引き合いにし、戦前の東京の街を鮮やかに描いており、久世さんは「入学式」、「虫干し」、「七輪」、「障子洗い」といった季節の風物詩から、戦中、戦後の庶民の生活ぶりを浮かび上がらせた。本書は多くの新聞、雑誌、テレビでも取り上げられ、弊社のベストセラー商品となった。いつ読んでも、何度読み返しても、しみじみと心に沁みてくる。僕はこの本を世に出せて本当に良かったと思っている。おまけにこの本は文藝春秋から文庫化されて刷りを重ねたのだから、編集者冥利に尽きるというものだ。久世光彦さん、山本夏彦翁には心からの感謝の意を表したい。


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(2002年6月 文春文庫刊)

・落合恵子さんにも触れておきたい。落合さんには、弊社から『サボテンとハリネズミ トゲトゲ日記』という本を出させて頂いた。落合さんも犬好きで知られ、ご自宅で飼っていたころは、愛犬との毎日の散歩を楽しみにしていた。犬の翻訳本も出版されている。『犬との10の約束』(2004年10月刊)という本で、世界中の動物サイトに伝わる作者不明のおとぎばなし「犬の十戒(The ten commandments)」と、「虹の橋のたもとにて(At the rainbow bridge)」を翻訳して刊行したものだ。「あなたがそばにいてくれるだけで、私はどんなことでも安らかに受け入れることができます」の惹句通り、犬は豊かな人生を生きるための大切なパートナーであるとしている。

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(2002年11月刊)
 
『サボテンとハリネズミ トゲトゲ日記』は、落合さんが『週刊 金曜日』に連載したエッセイを単行本化させて頂いたものだ。日頃から「私の元気のもとは怒りです。納得がいかないことが、こんなにもある。だから私は元気です。草萌ゆる誰に遠慮がいるものか」と記しており、ますます意気軒高である。だからこそ「異議あり!」を言い続けなければならない。羅針盤のない航海をしていては、日本は迷走を続けるしかない、と苦言を呈している。そんな強い気持ちが、タイトルの「サボテンとハリネズミ トゲトゲ日記」に表れている。このタイトルは落合さんのご希望であったと聞く。装丁はデザイナーの西山孝司さんにお願いした。日記をモチーフにしたお洒落なデザインの本にしてくれた。落合さんも、気に入ってくれたようだ。


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神宮前の「クレヨンハウス」

・落合さんは31歳の時、絵本の専門店「クレヨンハウス」をオープンさせている。幼少期に、人生を豊かに彩るいい絵本に出合って欲しい、の気持ちからだった。清流出版も10数冊の絵本を出版した。この「クレヨンハウス」でも随分販売して頂いたが、絵本を納める時のルールを聞いて僕は驚いた。なんと「クレヨンハウス」で販売する絵本の帯は、すべて取り去って陳列するというのである。この辺の考え方が、いかにも落合さんらしい。帯の惹句に惑わされずに、じっくり自分の好きな絵本を、選んで、読んで、それで納得したら購入すればいい、という考えなのである。

 大抵の本屋さんは、長時間の立ち読みは嫌がる。ところが「クレヨンハウス」内には、座って読めるように各所に椅子が置いてあり、ゆっくり絵本を選べるようになっている。地下には無農薬野菜の売り場もある。今では大阪にも支店があり、「ミズクレヨンハウス」も含め、従業員は100人以上になっている。そんな従業員が路頭に迷わぬよう、自分の財産、会社の財産等について、毎年1月1日に遺書を書き換えるという。理不尽なことに対し声を上げ、一方で先を見据えた優れた経営者の顔も持つ。僕は藤原書店が主宰した「岡部伊都子全集」の出版記念パーティでお会いしたが、あまりお話することはできなかった。お会いする機会はないだろうが、陰ながら一層のご活躍をお祈りしている。


・まだまだ犬好き作家はいる。俵萌子さんは弊社の特集記事のインタビューや原稿を寄稿して頂いた。赤城山に陶房を持ち、愛犬との生活を楽しんでおられた。3000坪の敷地には、清流が流れており、初夏には蛍が舞った。本田技研の創業者・本田宗一郎氏もご自宅で蛍を楽しむ夕べを催して、多くの招待客を楽しませたようだが、臼井君によれば赤城山の蛍の舞いも、とても風情があって忘れられないという。僕は俵さんの退路を断って進む思考法も好きだった。中野の自宅と赤城山を往復するため、車の免許が必要となると、まず車を購入してしまう。時間もお金もかかったが、見事に免許を取得した。陶芸もそうだ。遊び心で陶芸をしても、進歩もないし真剣味も足りない。そこで萌美術館を作って、自分を追い込むように作陶に励んだ。なかなかの豪傑でいらしたと思う。
 
 天満敦子さんの紀尾井町コンサートは、毎年楽しみにしているが、天満さんも犬好きで、パンフレットの写真は、白い犬とのツーショットでずっと変わらない。天満さんと親交の深い石川治良さんによれば、メールのやり取りをする際、犬の写真を添付すると喜んで返信してくるという。根っからの犬好きなのだ。そして山田真美さんである。愛犬はシーズーの「ブースケ」と「クースケ」、狆の「パンダ」だとウィキペディアにもある。『ブースケとパンダの英語でスパイ大作戦』(2003年1月 幻冬舎刊)という本を出しているが、ブースケとパンダはこの愛犬の名である。長野の家に帰って、犬と遊ぶのが至福の時らしい。真美さんには『インド大魔法団』(1997年1月刊)と『生きて虜囚の辱めを受けず』(1995年11月刊)の2冊を刊行させて頂いた。コロナ禍が終息したら、お酒でもご一緒したいものである。

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