画家・堀文子さん - 加登屋のメモと写真…
加登屋のメモと写真…
画家・堀文子さん

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博学の堀文子さんとの楽しいひと時

・出版業界専門の業界新聞を見ていたら、堀文子さんの本の広告が出ていた。僕は久し振りに堀さんについて書きたくなった。堀さんの画文集やエッセイ集は数多く刊行されている。しかし、対談集となると見当たらない。唯一のものが弊社から出した本だ。2009年11月に刊行となった『対談集 堀文子 粋人に会う』がそれである。堀さんがお付き合いのある各界一流人の方々との対談をまとめたものだ。堀さんの行動力たるや、凄いものがある。世界の僻地を放浪してきた経験をもっている。それも80歳の手前ぐらいまで、メキシコのマヤ、ペルーを始めとして、ネパールのヒマラヤなどにも行っていて、3000メートル級の山を、シェルパを雇って、テント生活しながら縦走するというから半端ではない。
  そうした経験を通して、画業一筋に「自然と命」を見つめる一方で、交友関係の広さも驚くばかりだ。対談して本書に所収されたお相手も、バラエティに富んでいる。吉行あぐり(美容家)、山本夏彦(作家)、青木玉(随筆家)、吉行和子(女優)、岸惠子(女優)、瀬戸内寂聴(作家・僧侶)、樋口廣太郎(アサヒビール名誉会長)、星野佳路・佑一(星野リゾート)、山下洋輔(ジャズ・ピアニスト)、タモリ(タレント)、花井幸子(ファッション・デザイナー)、片岡孝夫(歌舞伎俳優)など、そうそうたるメンバーである。

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『対談集 堀文子 粋人に会う』

・僕は堀さんの生き方に惚れ、そして画のファンでもあったので、一度お会いしてお話する機会があればと思っていた。それが、意外なところから朗報が飛び込んできた。実は、堀さんは、1997年から1998年にかけ、2年間にわたって、月刊『婦人画報』誌に、「堀文子の人生時計は"今"が愉し」というタイトルで対談をされていた。その対談をまとめて、「堀文子対談集」として出版を検討してくれないか、という話が舞い込んだのである。 話を持ち込んだのが、元『婦人画報』編集部に勤務され、今はフリーランスの編集者として活躍中の近藤俊子さんである。この対談の企画者であり、対談相手の人選から司会まで一貫して担当されたという。
  堀さんの希望であり、今回、新たに対談して掲載になったのが、ジャズサックス・クラリネット奏者で東京薬科大学生命科学部の客員教授だった坂田明さんである。ご登場願った理由は、堀さんが後年好んで描いた極微世界の大先輩だったからだ。堀さんが『婦人画報』誌の対談連載中には、ミジンコの話など一切出てこなかった。そもそも堀さんがミジンコにのめり込んだのは、大動脈瘤という大病を発症してから後のことである。つまり、活発に世界中を動き回っていたのが、自由に動くことができなくなった。そこで堀さんは動かずに済む画題の一つとして極微の世界に注目したのであった。かなり専門的な高精細高性能の顕微鏡を購入し、極微の世界を覗いてみることにしたのである。だから最近の堀さんを知ってもらうために、ミジンコの専門家であった坂田さんにご登場いただいたわけだ。この注目すべき対談を、単独で単行本に収録するのはもったいない。月刊『清流』の読者にも楽しんでもらいたいというわけで、ホテル・グランドパレスの一室で対談が実現したのである。

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堀文子さんと坂田明さん

・堀さんは対談することの醍醐味や極意について、こう語っている。
……各界の方々との交流において、会話が成立する条件とは、ムダ話を面白く膨らませることができるかどうかです。ムダは損だと思っている人たちがいますが、ムダは真理ですし、美はムダの中にあるものです。そういうムダ話をできる人が最近は少なくなりました。自慢話が入ってはいけません。成功した人は、自分の功績を言いたがりますが、自慢したい気持ちを抑えるべきです。はにかむ心を持ち続けることです。……と書いている。実に深い含蓄のある言葉ではないだろうか。
  そしてこの本の価値は、時間が経つにしたがって増すだろうと予言している。
……何の目的もなく憧れの方々と遠慮がちに話を進めたのだが、それぞれの方の本質がはっきりと投影されているのに驚いている。いずれ聞き手の私もこの世を去るはずだ。何十年かのあと、この対談を読む人は、個性も仕事も違う私たちの雑談の中に、時代とともに消え去ったこの対談の日の日本と、その時代を力強く生きた人々に注目する日がくるかも知れないのだ。何の主張も目的もない私たちのつぶやきは、ひょっとしたら歴史の片隅に残るのではないかと誇大な妄想にかられそうになる……。
 こんな堀さんの言葉を読むと、僕は本当に幸せな気分になる。この対談集を出してよかった。出版社冥利、編集者冥利に尽きるというものだ。

・堀さんのプロフィールについて触れておく。1918年(大正7年)東京・麹町の生まれ。日本画家。1940年、女子美術専門学校(現・女子美術大学)卒業。1952年、第2回上村松園賞を受賞する。1960年、夫と死別後、エジプトからヨーロッパ、そしてアメリカ、メキシコを3年間にわたって放浪する。1967年、神奈川県大磯に居を構える。1974年、第1回創画展出品。以後、創画展を中心に活動する。1981年、軽井沢にアトリエを持つ。1987年、イタリア・トスカーナのアレッツォにアトリエを持つ。同年、第36回神奈川県文化賞を受賞する。1999年、創画会を退会する。2001年、幻の花「ブルーポピー」を発表。2005年、「堀文子・野見山暁治二人展」を開催する。2008年、TBSテレビで「今を生きるあなたへ」で特集される。2009年、腰痛で入院。2011年、ヒューマンドキュメンタリー「画家・堀文子 93歳の決意」をNHK総合テレビで放映。2012年、ドキュメンタリー「命を描く画家 堀文子93歳」をテレビ信州で放映。

・昨年、堀さんが99歳で刊行された『ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ』(小学館) という本がある。この本は、これまでに堀さんが発表したエッセイやインタビュー、そして初載録となる最近の発言などから、いのちを描き続けてきた画家が「最期に伝えたい」珠玉の言葉の数々を伝えている。書名の由来は、堀さんが74歳のときに描いて、カバーの装画にも使われている「枯れたヒマワリ」が重要なモチーフとなっている。頭に種をぎっしりと実らせ、大地を見つめて直立するその姿からは、死は決してみじめな終末ではなく、「生涯の華々しい収穫のときだ」ということを、堀さんは学んだという。
……死が生涯の華々しい収穫の時だという事を、ひまわりから学んだあの日を私は忘れない。……とまで書いているほどだ。

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『ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ』(小学館、2017年刊)

「いのち」を正面から見つめ続けてきた堀さんの言葉は、現代に生きる私たちに智恵と勇気を与えてくれる。だからこそ、堀さんのエッセイ集がこれだけ評判を呼び長く愛読されているのであろう。『 99歳、ひとりを生きる。ケタ外れの好奇心で』(2017年 三笠書房)も昨年末刊行されたエッセイ集だが、堀さんの言葉は光っている。……歳を取ったから偉いなんて、冗談じゃない。去年より今年のほうが偉いなんて、そんな馬鹿なことがありますか。……脇目もふらず、画業一筋に真っ直ぐ生きて来た人の言葉だけに胸にズシンと響いてくる。
 作家の目からしても、堀さんの魅力の源泉は興味をひいたようで、村松友視さんは、堀さんの評伝を書いている。『極上の流転 堀文子への旅』(中央公論新社)がそれだ。村松さんは「あとがき」で堀さんについてこう書いている。
……三十数年前に偶然お会いして以来、私は作品についても人間についても、堀文子さんの大ファンの一人となっている。(中略)堀さんはどんな場面においても、静逸にして静逸であり穏やかに超越しているという印象を受けた。そして、その姿全体に混入される、きわめて上等な悪戯心のエキスが、私などには救いと言ってもよい一本の糸だった。……

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『極上の流転 堀文子への旅』(村松友視著、中央公論新社、2013年刊)

・堀さんのアトリエには、蝉の抜け殻、玉虫、貝殻、小石、枯葉などが並んでいる。落葉などもたくさん集めている。落葉は神様が生んだ芸術であるとして、……秋の落葉の美しさは、命の終わりの静けさがある……と書いている。堀さんにとっては蜘蛛の巣も、好きな画題だという。蜘蛛の巣に霧吹きをかけて、精緻なこの造形美を写し取っていく。まさに至福の刻である。だから、……その精緻な美しさは、此の世のものではない……とまで絶賛している。庭の手入れをする際には、庭師にも、蜘蛛の巣を取り払わないように頼み込むという徹底ぶりだ。真摯に自然と向き合い、自然を師とした絵は、……刻々と移ろう命の不思議を描きとめたい一心から生まれたもの……であるという。
  自然への憧憬について、堀さんはこんなことを言っている。
「この世の不思議なもの、美しいものに感動しやすいので、そういうものに対する驚きを記録したいというのが、どうも、私が絵を描いている原因じゃないかと思うんです。ですから、観察します。植物でも、どこから枝が出ているのかなどを、しっかり見極めます」。息が絶えるまで感動していたい、の言葉は実感であろう。

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『夏の遊び 野見山暁治展』の招待状

・堀さんのプロフィールにも出てきたのでお分かりかと思うが、堀さんと野見山暁治さんは二人展を開催するほどウマが合う。年齢も近く、昵懇の間柄と聞いている。堀さんの対談集に追加でご登場頂くことも考えたが、親し過ぎて対談にならないから、と断られた経緯がある。確かに、あまり親し過ぎると、お互いツーカーで分かり合っているので対談にはならない。その野見山暁治さんから個展の案内が届いた。7月23日から8月3日まで「夏の遊び 野見山暁治展」として銀座のギャラリーゴトウで開催された。今年百歳になる堀文子さんと、98歳になる野見山さん。僕は今後も、人生の達人二人の、ますますの活躍ぶりに注目していきたいと思っている。

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