2017.07.28可兒鈴一郎さん

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可兒鈴一郎さん


・今回ご紹介するのは、経営評論家・可兒(かに)鈴一郎(81歳)さんである。弊社の外国版権担当顧問である斎藤勝義さんが、以前から懇意にしていた方である。その縁で、僕にも紹介してくれた。付き合っていた過程で可児さんからは何冊も、企画を出していただいた。可兒さんは東京都のご出身。慶応義塾大学経済学部を卒業後、堪能だった語学力を生かし、スウェーデン系のガデリウス株式会社(現ABB)に入社した。同社では、輸入業務・営業、企画調査、財務、経理、人事・人材開発など様々な職務を経験された。その後、1989年1月、自身、インテック・ジャパン株式会社を設立、日本から海外への進出企業を対象に、異文化コミュニケーション・ビジネススキル研修、海外事業所赴任前研修などをスタートさせた。
 同社の研修プログラムは、顧客企業それぞれのニーズに応じたカリキュラムをデザインすることで知られ、専門スタッフによるオーダーメイド型で対応しており、そのクオリティの高い研修内容は顧客企業に高く評価されていた。現在、可兒さんはインテック・ジャパンの社長を退いているが、僕がお会いしたころは、会社を軌道に乗せるとともに、注目され始めていた北欧流の経営を日本に紹介する本の執筆などにも力を入れていた。ちなみにインテック・ジャパンは、2012年1月より株式会社リンクアンドモチベーションのグループ会社となり、株式会社リンクグローバルソリューションに社名変更している。
 
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『ノルディック・サプライズ――北欧企業に学ぶ生き残り術』

・弊社で刊行された可兒さんの最初の著書は『ノルディック・サプライズ―― 北欧企業に学ぶ生き残り術』(清流出版刊、2004年5月)だ。オッレ・ヘドクヴィスト氏と可兒鈴一郎さんとの共著である。ヘドクヴィスト氏はスウェーデンのハルムスタッド市出身でゴーテンバーグ経済大学卒業後、ガデリウス株式会社に勤務していた。可兒さんとは気の合う同僚だった。なかなかの経営手腕の持ち主でもあり、その後、ガデリウスの代表取締役財務本部長にまで昇りつめている。ガデリウスを離れてからも、北欧および欧州企業の経営指導に従事した。再来日して後、スウェーデン・センター社長を経て、在日非営利団体スウェーデン・ブックセンターを主宰している。
 さて、この本の内容だが、北欧企業は携帯電話のノキアをはじめ、家具のイケア、自動車のボルボ、重電メーカーABBなど、世界に雄飛した堅実な有名企業が多い。一体なぜ、これほどまでに北欧企業は、活気があり競争力をもち得るのか。その全貌を明らかにしようと意図したもの。アメリカ型の経営には、ときに反省すべき点が多い。どういう特徴を持っているかといえば、まず、ガバナンスのあり方に特徴がある。会社は株主のものである。株主は経営者に経営を委ねるが、配当が出来ないなどの不手際があると、遠慮なく経営者のクビをすげ替える。徹底した株主資本主義である。株主は、投資家であるから、投資効率のみを追求する。四半期決算の動向を注視し、株式価格の動向を予想しながら、売買を繰り返す。従って、経営者も短期的経営指標に敏感にならざるを得ない。経営が短期業績重視である。そして資金効率至上主義になる傾向を持つ。経済全体では金融業が肥大化する傾向を持つのだ。アメリカの金融業のGDPに占める割合は、8%を超えているというから、異常な膨張ぶりである。
 これに対して、北欧型企業がもっている強みとは、米国や欧州の大国と違って長期の視点を重視し、徹底した議論の末に出した結論には下手な駆け引きをしないし、長期の信頼関係が築けるとされる。人間関係、現場主義、透明性、異文化力など、その背景には、あの脈々と流れるヴァイキング精神が息づいている。

・一般的なイメージでは、ヴァイキングは海賊であり、略奪者という印象が強い。しかし、実際は造船と航海技術を駆使した海の冒険者たちであり、8世紀の終わりから11世紀の始め頃まで、250年にも亘って、世界的に交易を誘導し大きな成功を収めたことで知られる。その行動規範は、現代の複雑で難解なビジネス環境にも通用するものであり、その実践例が、今世界で成果をあげつつあるということ。未来が見通せず混沌とした時代を迎え、未曾有の危機に立たされたとき、それを乗り越えるにはどうすればいいか。学ぶべきは、アメリカ型のグローバルスタンダード企業ではなく、独自の技術と知恵を武器に戦う北欧型企業から学ぶべきなのでは。その源流にあるのは、ヴァイキングの知恵である。ヴァイキングの人生哲学には、未来のサバイバルへのヒントが詰まっている。
「各個人が自分自身の生き方に責任を負う」。これが、ヴァイキングの人生哲学といえる。一艘の小舟で荒波を乗り越えて行くためには、それぞれが任されたポジショニングを守り、責任を全うすることが必要不可欠である。それは時に大海原を旅する際においては、生死に関わる重大な要素でもあった。こうした厳しい生活環境の中で生まれた知恵と行動規範は、今日の日本人、特にビジネスマンには、逆境を生き抜くために役立つ指針となったのである。

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『ユビキタス時代のコミュニケーション術』

・2冊目は『ユビキタス時代のコミュニケーション術』(清流出版刊、2005年4月)である。この本は羽倉弘之さんとの共著であった。羽倉さんは、可兒さん同様に東京都のご出身で米国コロンビア大学大学院卒業(MBA)。元通産省外郭流通関係研究所研究員、日本ポラロイド(株)経営企画室課長、マーケティング・マネジャー、アートウェア(株)代表取締役社長・会長などを歴任し、海外企業との接触を行ってきた経験を持つ。東京国際大学・文教大学大学院講師、三次元映像のフォーラム企画・編集幹事のほか、季刊『3D映像』を主宰しており、まさに最先端の未来技術を研究されている方だった。
 簡単にいえば、近い将来、モバイルIT機器を仕事に活用する時代がくるが、近未来コミュニケーション術とはいったいどのようなものなのか。それを知らなければ、あなたはこれからの時代に生き残れない、とする刺激的な内容だった。オフィスレス時代のプレゼンテーション力、ボーダーレス時代のビジネス・コミュニケーション術、ユビキタス時代に立ちはだかる文化の壁、オフィス環境の変容によってミーティング形態はどうなるかなど、近未来予測に必要な情報が盛り込まれていた。僕は近未来のオフィス形態が頭の中に思い描けず、疎かった分野だっただけに、本書で明かされた近未来のコミュニケーション術には目を見開かされた思いがした。

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『WIN‐WIN交渉術!――ユーモア英会話でピンチをチャンスに』

・この本は兒さんの著ではないが、インテック・ジャパンの社員、ガレス・モンティース氏 、佐藤志緒理さんの共著で出版されたもの。『WIN‐WIN交渉術!――ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(清流出版刊、2003年6月)である。インテックには、海外への進出企業を対象にした異文化コミュニケーション・ビジネススキル等の研修を実施しているわけだから、英会話力に自信のある社員が多くいる。雑誌に定期的に寄稿する社員もいるほどだ。ちなみにガレス・モンティース氏は当時、ケンブリッジ大学大学院MBAコースに在学中の俊英だった。また、佐藤志緒理さんは津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業後、(財)国際文化会館企画部を経て、1992年タイ国チュラロンコン大学文学部に留学している。1996年タイ・スタディーズ専攻修士号取得後に、インテック・ジャパンに入社している才媛だった。
 英語でビジネスを進めるだけでも大変なのに、ジョークを口にすることなど思いも及ばないい。余裕をもてないのだ。そんな時、強力な助っ人になってくれそうなのがこの本である。国際舞台で交渉事をスムーズに進めるためには、ユーモアのセンスが必要不可欠だということはよく分かる。欧米人のエグゼクティヴたちが、ビジネス交渉の緊迫した雰囲気をほぐすのに使う、軽妙なジョークは見事である。また、そんなスキルをもち合わせなければビジネスは円滑に進まないのも事実だ。

・ことほど左様に、英語をマスターする近道は、手当たり次第に手を出しても効率は悪い。いくつかのテーマを決めて、集中的に学習するのが効果的である。特にビジネス英会話の上達には、ジョークを活用するのもひとつの方法であるという意味で面白い本だった。スピーチをするときに、日本では「お詫び」から入ることが多く、欧米では小粋な「ジョーク」から入るというのが一般的なケースだ。確かにユーモア溢れるジョークは、人の心をなごませる意味で必要不可欠とされる。
 この『WIN-WIN交渉術!――』は、ジョークの手引書として、基本ルール、活用例、押さえどころなどの情報が盛り込まれている。誰でも知っている身近な話題をどう取り上げたらいいのか、また、自分の名前をジョークにして自己紹介する方法なども書かれていて興味深い。そして日本の文化に疎い外国人が、日本を理解するためにも役立つ。逆もまた真なりで、外国人に日本を説明するヒントにもなるのがミソだ。特に情況に合わせた生きた会話やジョークの実例が、豊富に盛り込まれているのが役に立つ。映画のジョークやワンポイントなどのコラムも、読み物として楽しめる。

・特筆しておきたいのが、兒さんの人脈が契機となって、弊社にいい出版話が舞い込んだことだ。これはある程度、部数の買い取りを含んだ出版契約となり、弊社にとっていくら感謝してもしきれないほど。それがスウェーデン系商社、ガデリウスが日本に100年以上に亘り根を下ろし、成功してきた軌跡を追った『成功企業のDNA――在日スウェーデン企業100年の軌跡』(清流出版刊、2005年7月)である。

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『成功企業のDNA――在日スウェーデン企業100年の軌跡』

・本書を読むと100年もの長きに亘っての同社の奮闘が、日本の経済発展の歴史と見事に重なる。外資系企業といえば、たいてい、四半期毎に結果を出さなければならない。株主が力をもっており、容易に利潤を生まなければ、社長の首をすげ替えてでも結果を求められる。ところが同社には、そんな利潤追求はしていない。創業者がじっくりと腰を据えて、経営基盤を作ったことにもその理由がありそうだ。
 何故、創業者クヌート・ガデリウスはそれほどまで日本にこだわったのか。その秘密が明かされる。米国系企業が多い中で、異色ともいえるスウェーデン企業の事業展開は僕にとって感動的ですらあった。この企業が日本の横浜へ進出したのが、1907(明治40)年。以来、日本の産業発展、工業発展の担い手として貢献してきた。こんな企業があること、こんな歴史があることすら、知らない日本人が多い。一見、社史のようなスタイルをとりながらも、生々しい人物像をフォーカスしている。数少ない欧州系対日進出外資企業の、貴重な対日事業展開のケーススタディではないだろうか。

 創業者のクヌート・ガデリウス氏は一体、どんな対日事業観や経営観をもっていたのだろうか。他の外資には見られぬ、日本への真摯な思いが滲み出ていたように思う。自分の子どもたちに、太郎、次郎、花子といった日本的な名前を付けたことからも、日本への並々ならぬ傾倒ぶりが伝わってくる。だからこそ、「日本のために、日本人とともに」を会社のビジョンとして掲げ、有言実行してきたクヌートの生き様(ライフスタイル)が、日本人読者の魂を揺さぶるのだ。こうして日本でのビジネスを成功に導いた企業DNAとは何なのか、本書は格好な教材となったはずだ。合わせて、弊社はこの本を出版することによってリスクなく利益を上げることができた。つないで下さった兒さんには、お礼の申し上げようもない。多少、体調を崩されたとも聞いたが、早く完治されて講演会にご執筆にと頑張って欲しいものだ。