鎌田實さん - 加登屋のメモと写真…
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鎌田實さん
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鎌田實さんの新著。「遊行」の言葉が、人生を変える!


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鎌田實さん(右)と中華料理店「源来酒家」で。左は藤木健太郎社長。

・鎌田實(かまた・みのる)さん(医師、作家、諏訪中央病院名誉院長)が弊社に来社された。僕は前々から尊敬しており、鎌田さんの本を弊社から出させてほしい、と切望していた。嬉しいことにそれが実現することになった。タイトル名は、『遊行(ゆぎょう)を生きる――悩み、迷う自分を劇的に変える124の言葉』だ。四六判ソフトカバーで、232ページ、予価(本体1000円+税)、2017年1月20日の発売予定となっている。
 この本を編集担当した古満温君は、暮れも押し迫った今も、本の宣伝、拡販、パブリシティ戦略に向け忙しい日々を送っている。この日、鎌田さんは、金曜日にも関わらず、わざわざ弊社に足を運んでくださった。というのも、鎌田さんは、木曜日の午後7時まで、日本テレビの「ニュース・エブリィ」のレギュラーコメンテーターを務め、その後は中央本線の新宿から諏訪の家に帰られるのが通常パターン。この日は、自著の拡販に向け、販促にご協力いただいたのである。
 鎌田さんは午前10時、「オフィス ブラインド スポット」の石井さんと一緒に来社された。石井さんとは旧知の仲らしく、「彼女はなかなかいい本読み」だと評していた。僕も「オフィス ブラインド スポット」については、代表者の平塚一惠さんと一緒に仕事をしたことがある。女の細腕ながら、剛腕という言葉がピッタリの仕事ぶりで、山本夏彦・久世光彦共著で刊行された『昭和恋々』というフォトエッセイ集を、新聞、雑誌、テレビ局等に売り込み、センセーションを巻き起こした。その後、この本は文春文庫から文庫版としても発行されたので、大いに稼いでくれた。そのことが僕の印象に強く残っている。この日鎌田さんの予定は、午前中11時までJBプレスの取材、正午から弊社応接室で、プレジデントオンライン、さらに、かの花田紀凱(かずよし)編集長の『月刊Hanada』の取材が控えていた。
 鎌田さんと挨拶もそこそこに、昼食を摂るため11時過ぎに外に出た。弊社からは徒歩数分の距離にある、馴染みの中華料理店「源来酒家」に向かう。鎌田さんは、「源来酒家」をご紹介して以来、この店がいたく気に入ったらしく、しばしば他社の編集者を誘うほど、その味に惚れ込んでいる。欠かせないのが、まず、「豆腐の細切りサラダ」と「餃子」(当日、参加したみんなで一個ずつ分けた)。そして、「麻婆麺」も鎌田さんの好きな料理だという。コラーゲンがたっぷり入った逸品である。「源来酒家」のご主人・傳さんも、自然に鎌田さんの大ファンとなり、「先生の本が出たら、すぐに買いに行きたい!」と言っているほどだ。

・僕が、「鎌田實先生と行くドリームフェスティバルinハワイ6日間」というイベントに参加してから、早くも3年半という月日が経った。その折、「ぜひ、わが社から鎌田先生のご著書を出させていただけないか」と、お願いしたことがある。が、どう考えても実現は難しいだろうと思っていた。なぜなら、弊社のような弱小出版社では、大手の出版社のような販売スタッフ、宣伝費や販促費を賭けられないからだ。初版の刷り部数も当然少な目にならざるを得ない。鎌田さんには、月刊『清流』に連載していただいていたが、単行本の刊行については大手出版社からという感触であった。だが、連載を続けコミュニケーションを取るうち、意気に感じてくれたのか、弊社からの刊行を了解してくれた。僕はこの鎌田さんの気持ちが嬉しかった。精一杯、全社員一丸となって販促にこれ努め、このご厚意に応えたいと思っている。

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ハワイ旅行で鎌田先生とのツーショット

・さて、この『遊行(ゆぎょう)を生きる――悩み、迷う自分を劇的に変える124の言葉』だが、ざっと内容について触れてみたい。鎌田さんは、この「遊行」の鎌田流解釈と自らの人生体験を絡めて、わかりやすく解説してくれている。古代インドの聖人は、人生を「四住期」と名付けた。「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の四つである。中でも遊行期は人生の晩節に当たり、死の準備の時期であり、人生の締めくくりの時期ともいわれる。そうした古代インドの聖人が唱えた遊行期の解釈とは違って、鎌田さんは文字通り、「遊び、行く」と考えたのがユニークなところ。晩年にフラフラしても構わないとおっしゃる。この時期こそ、本当に自分の好きな仕事や、やりたいことをする時期でもあるというから嬉しくなる。
 鎌田さんは、遊行期を、人生の諸問題から解放され、自分に正直に、肩の力を抜いて、しがらみから離れて生きていく大切な時期と考えた。つまり鎌田流の「遊行」とは、一人の人間が子どもの頃のような、自由な心で生きること、先入観などに囚われず、こだわりを捨てて“遊び”を意識すること。さまざまな殻を打ち破って、生命のもっとも根っこの部分で世界を生きることだと鎌田さんはおっしゃる。そして、いい言葉はいい人生を生み、いい人生はいい言葉を生み出す。「遊行」が、人生を変えてくれ、生きるのが楽になったという。確かに遊びを意識すると、何気ない毎日が特別になり、生きるのが楽になり楽しくなってくる。

・こうなると「遊行期」にある人も、人生を達観しなくてもいい。人間臭く、ドロドロとした「遊び、行く」をしたらとおっしゃる。そもそも鎌田さんは、若者からお年寄り、女も男も「遊行」を意識したらどうかと考えてきた。人は毎日忙しい。経済的な問題もある。病気や障害を抱えている……。だから「遊行」なんて思ってもできない、と思われる方もいるかもしれない。だが、安心してください。苦しみの中にいる人が、「遊行」を意識し、生きることで、苦しみから解放され、人生を大逆転することだってできる。鎌田さんも「七〇歳を前に苦しんでいます」と正直にその心境を語る。自分は本当に自分自身を生きてきただろうか。子どもの頃は、親や周囲の大人の、そして大人になってからも同僚や患者さんの期待に応えるために、“いい子”や“いいカマタ”を演じ、無意識のうちに無理してきたのではないか……。このまま老い、死んでいったら後悔してしまうのではないか……。ここ数年、そんな悩みがしこりのように心の奥に巣食っていたのだ。そこに、一筋の光のように、「遊行」という言葉、考え方が頭に射し込んできて、「生きるのがグッと楽になりました」と鎌田さんは述懐する。

・この後、鎌田さんは古今東西の「遊行」した方々に焦点を当てる。一人ひとり取り上げて、共感したこと、感銘した点などを読者に提示してくれる。取り上げた方々を見て、僕は鎌田さんのその博学ぶりには脱帽するしかなかった。思いつくままに上げてみるが、有名無名を問わず、斯界に名を馳せた人たちが綺羅星のように並ぶ。
 ヨハン・ホイジンガ(歴史学者、『ホモ・ルーデンス』)、きだみのる(仏英に精通し、稀代の教養人、ファーブルの『昆虫記』訳者)、種田山頭火(自由律の俳人)、ポール・ゴーギャン(画家、タヒチ)、孔子(『論語』)、ニーチェ(哲学者、『曙光』、『ツァラトゥストラかく語りき』、『悦ばしき知識』)、山本常朝(『葉隠』)、ディラン・トマス(イギリス・ウェールズの詩人)、東小雪(元タカラジェンヌ)、ヘミングウェイ(『老人と海』、『キリマンジャロの雪』、『誰がために鐘は鳴る』)、イングリッド・バーグマン(女優、アカデミー賞三度受賞)。
 大塚範一(テレビの司会者)、アルバート・アインシュタイン(相対性理論)、畠山昌樹(医者、高機能広汎性発達障害者)、ジャン・ジョレス(仏・政治家)、荘子、モンテーニュ、池田晶子(哲学者)、ジョン・スタインベック(『エデンの東』、『怒りの葡萄』、『チャーリーとの旅』)、チェ・ゲバラ(革命家)、アルベール・カミュ(仏・作家、ノーベル賞、『シジフォスの神話』)、オルハン・パムク(作家、2006年のノーベル文学賞、『新しい人生』)、空海、なかにし礼。
 フランツ・カフカ(作家、『変身』)、鴨長明(『方丈記』)、親鸞(『歎異抄』)、ランボー(作家、『地獄の季節』)、ヴェルレーヌ(詩人)、佐野洋子(『100万回生きたねこ』)、ヘルマン・ヘッセ(独・作家)、ジャン・リュック・ゴダール(映画監督、『気狂いピエロ』)、アウンサンスーチー(ミャンマー民主化運動の指導者、ノーベル平和賞)、カール・ヒルティ(スイスの哲学者)、ゲーテ(独・文豪)、スティーブン・サットン(英・15歳の大腸がん、約3年間で七回の外科手術)。
 高橋礼華・松友美佐紀(リオデジャネイロ五輪、バトミントン・ダブルス優勝)、ウィスタン・ヒュー・オーデン(英・詩人、『見るまえに跳べ』)、マザー・テレサ、キング牧師、スティーブ・ジョブズ(アップル社創立者の一人)、ジッドゥ・クリシュナムルティ(インドの思想家・瞑想家、『最初で最後の自由』)、ジョン・レノン(ミュージシャン)……。
 これらの人々は、間違いなく鎌田流「遊行」の行動や思考をされたことが本文を見ると頷ける。

・「遊行」の先達と認める方々のうち、鎌田さんが一番相応しいと考えている人は誰だろうか? 担当編集者の古満君に尋ねてみると、「ランボー」ではないか、という。「ちょっと極端過ぎる人生ですが、ランボーの人生に、自分にない、自由さを見て、あこがれていらっしゃるようですから」と。確かに、鎌田さんは、高校時代にランボーに出会っている。難解な反面、若さがほとばしるその詩に魅了される。とくに代表作『地獄の季節』の詩が好きという。「ある夜、俺は『美』を膝の上に坐らせた。――苦々しい奴だと思った。――俺は思いっきり毒づいてやった。俺は正義に対して武装した」 この詩には、「もう詩なんか書かないぞ」という、ランボーの決意が見てとれる。自らを過酷な状況に追い込みながら、それでもランボーが望んだのは、『自由なる自由』。「何者にも束縛されない『絶対自由』を求めようとしたのだと思います」、と鎌田さんはいう。
 
 ランボーは若くして、「遊行」の意思をもって生きていたに違いありません。「遊行」とは「人生の放蕩」に励むことなのです。ランボーは、筆を折った後、オランダ軍の傭兵、サーカスの通訳、キプロス島の石切り場の現場監督、アラビア半島のアデンで貿易商となり、その後エチオピアで商人など、次々に職を変えています。三七年間の短い生涯だったが、毎日がハラハラドキドキ、お祭りのような日々。これほど面白い人生はありません。「遊行」とは一見、みすぼらしいのに、内実は幸福感に満ちた生き方なのです。鎌田さんは「自分がいま、本当に自由に生きてるんだろうかと、ランボーの詩を読むたびに、人生を見直します――」というわけで、古満君の「遊行人=ランボー」ではないか、と答えたのは、この本をよく読んでいるなと僕も賛成だ。また、古満君は、「ほかには、スティーブ・ジョブズでしょうか。ああいう生き方にも憧れがあるようです。鎌田先生は借金を抱えていた病院を立て直した自負もありますので……」と続けた。さもありなんである。この指摘にも、僕は素直に頷いたものだ。

・冒頭に触れた花田紀凱さんのことに戻ろう。この日花田さんは、『月刊Hanada』の取材で弊社に来られた。いつもは、ライターに任せのようだが、特別に自分が興味のある人、内容の取材には同行するようだ。どうやら鎌田さんの新刊本に興味を惹かれたようだ。宣伝に一役買ってくれるとうれしい。花田さんも、文藝春秋の『週刊文春』編集長を辞めて後、朝日新聞社の女性誌『uno!』編集長、角川書店の『月刊フィーチャー』発行人、『MEN'S WALKER』編集長、宣伝会議の月刊誌『宣伝会議』編集長、『編集会議』編集長、ワック・マガジンズの『WiLL』編集長を経て、現在の飛鳥新社『月刊Hanada』に至っている。
 花田さんとは今から14年前、宣伝会議の『編集会議』編集長だった時に、お世話になっている。それは、僕の高校の同級生・安原顯(天才ヤスケン)に絡んだものだ。ヤスケンが「肺ガンで余命1ヶ月」の宣告を受けた後、僕は彼の本を3冊、弊社から刊行に踏み切った。出版界始まって以来の刊行スケジュールには、さすがに鬼神ともいえども避けて通るはず、ついでに肺ガンも怖れをなして飛んでゆくのではないか、と考えたのだ。花田さんは、それを「ニュースの価値あり」と乗ってくれた。その時は、花田さんが僕の原稿に筆を入れて、『編集会議』の最新号に間に合わせてくれた。お礼を言うのは場違いだが、「花田さん、その節はありがとう!」といっておきたい。

・鎌田さんは、新年号から月刊『清流』で、「なんでもない毎日を、特別に生きる!――常識破りの逆境脱出法」という連載を始めています。第1回は、「無常を生きる」がタイトルである。「無常」と「オートファジー」のにまつわる心のあり方をめぐっての話である。人間の細胞がつねに入れ替わっているのは「流転」ということ。つまり、「オートファジー」は「万物流転」の思想です。われわれの生命の源である細胞だって流転しているのだから、われわれの生き方も考え方も、もっと流転してもいいのだなと鎌田さんは考えたと言う。この連載は大いに楽しみにしている。
 その『清流』2017年2月号では、鎌田さんが主宰する「JIM-NET」では、毎年、北海道の六花亭が原価で特別に製造してくれたチョコレートで、冬季限定の募金キャンペーンを行っていると言います。イラク・シリアの情勢は悪化の一途、難民は増えるばかり。多くの難民がヨーロッパを目指しますが、イラクに残った難民の中には、劣悪な環境で治療を受けている子どもたちがいます。鎌田さんたちは、こうした子どもや家族の負担を少しでも減らすために「子どもサポートハウス」の開設を目指し、そのための募金を集めているとおっしゃる。今回は、少女たちが描いた絵を缶のパッケージにして、バレンタインのチョコレートをつくったと言う。鎌田さんは、イラク支援、福島支援、難民支援……などの活動に、チョコ募金を含めて、世界的視野でご覧になられていらっしゃる。

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