加登屋のメモと写真…: 2014年4月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2014年4月アーカイブ

熊井明子さん

清流出版 (2014年4月18日 12:33)

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講演中の熊井明子さん(撮影:臼井雅観君)


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熊井啓・明子さんご夫妻。お二人が月刊『清流』に登場されたのは、創刊2年目の199510月号だった。その後、熊井啓監督は、2007年にお亡くなりなった。日本を代表する社会派の映画監督で、その作品は内外問わずますます評価が高い。

 

・熊井明子さんは最近、特に活発に活動をされている。つい先日も、柏市の「アミュゼ柏 クリスタルホール」講演会で講師をされた。地元の臼井雅観君は、明子さんとは長い付き合いがあり、当然出席した。その模様を聞いて、後にまとめてお話をしたい。NHKの朝ドラが『花子とアン』となり、『赤毛のアン』と関係の深い明子さんは引っ張りだこの状態。だが明子さんを語る前に、ご主人の熊井啓さんに触れておきたい。啓さんは、残念ながら20075月にお亡くなりになったが、日本を代表する社会派映画監督の巨匠だった。わが月刊『清流』の創刊2年目、1995(平成7)年10月号に、「夫婦で歩む人生」欄に、明子夫人と登場された。

・熊井啓さんの作品の多くは『キネマ旬報』ベスト・テンに選出され、ベルリン国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭の各賞を受賞した。『帝銀事件 死刑囚』(1964年)から始まって、問題作の『黒部の太陽』『忍ぶ川』『サンダカン八番娼館 望郷』『お吟さま』『天平の甍』『日本の暑い日々 殺・下山事件』『海と毒薬』『千利休 本覺坊遺文』『式部物語』『ひかりごけ』『深い河』『日本の黒い夏―冤罪』『海は見ていた』等などの名作を残している。いずれも重厚な人間ドラマを世に問うた作品だ。日本の文芸作品(山崎朋子、辻邦生、井上靖、武田泰淳、遠藤周作、三浦哲郎、井上光晴、秋元松代……等)を原作とし、人間の生と死を見つめ、われわれに生きる意味を問いかけてくる。幸いなことに、啓さん生誕の地・長野県安曇野市豊科に、熊井啓記念館が開設された。弊社もご夫妻初の共著で出した『シェイクスピアの故郷――ハーブに彩られた町の文学紀行』を300冊寄贈させていただいたが、貴重な資料をもとに、同監督の業績を顕彰できるようになっている。僕としては大好きな信州詣でのもう一つの理由ができてうれしい。

・熊井啓さんと明子さんは、同じ高校(現在の松本深志高校)を出て、共に信州大学で学んだ。年がちょうど10歳違う。信大(地元ではこう呼ばれている)で、啓さんは文理学部、明子さんは教育学部を卒業した。ご結婚は昭和37年。お見合い結婚だった。当時、啓さんは日活の助監督、明子さんは清内路村(せいないじむら)という長野県でも僻地の小学校の先生だった。啓さんの母堂と明子さんの祖母が松本の女子師範学校の同級生だったことが縁であった。母と祖母が同級生では年の差が相当出てしまいそうだが、啓さんが末っ子、明子さんが長女ということで10歳差に落ち着いた。啓さんは自他共に認める仕事人間である。四六時中映画のことしか考えていない。最初は明子さんも戸惑いがあったようだが、脚本の清書など啓さんの仕事を手伝ううち、少しずつ夫の仕事が理解できるようになったという。啓さんの監督デビューは自作オリジナル脚本による『帝銀事件 死刑囚』である。戦後間もない昭和23年に起きた帝国銀行椎名町支店の行員毒殺事件を入念に再検証し、犯人とされた平沢貞通を無罪とする立場で、事件経過をドキュメンタリー風に仕立てた野心作だった。僕の育った東長崎は、その椎名町の隣町で、しょっちゅう自転車で遊びに行った所。帝銀事件は、8歳の少年の僕にとっても記憶に残る大事件だった。

・この時の明子さんの八面六臂の活躍あればこそ、この映画は完成したともいえる。資料集めから、日活に提出する企画書の清書はともかく、借りてきた膨大な裁判記録を手書きで書き写したのである。当時、コピー機などなかったから、ひたすら手作業で筆写するしかない。こうした仕事の手伝いを通して、事件の真相に迫ろうと、確固たる考証を懸命に模索する啓さんの姿を見て、明子さんは心底、感銘を覚えた。夫婦の絆の強さは、以来、筋金入りだ。そんな事実を証明するエピソードがある。夫婦喧嘩の時に、捨て台詞をいうことはよくある。啓さんが夫婦喧嘩の際、明子さんによく言った言葉が「来世で結婚してやらないぞ!」だったというから驚く。実際、弊社刊『シェイクスピアの故郷――ハーブに彩られた町の文学紀行』の「あとがき」にこんなことが書かれている。啓さんの言葉だが、「富士山を羽で払うと、ほんの少し低くなる。富士山が無くなるまでは、気の遠くなるほどの回数、払わなければならない。その回数ほども、生まれかわっては結婚しようね」と言われたのだという。あの謹厳実直風な啓さんが言った言葉とはとても思えないのだが、事実らしい。夫婦の愛情の形はいろいろあるだろうが、これほど相思相愛を貫いたご夫婦を僕は知らない。


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『シェイクスピアの故郷――ハーブに彩られた町の文学紀行』(熊井明子著、2005年、弊社)。写真はすべて熊井啓さんが撮った。いわば、共作の本である。

 

熊井明子さんはポプリの研究家として知られる。きっかけが『赤毛のアン』シリーズであった。文学少女だった明子さんは、『赤毛のアン』の熱心な愛読者だった。主人公のアンが、孤児院から養女としてもらわれていく。その自然豊かなカナダのプリンス・エドワード島を舞台に、アンは想像の翼を羽ばたかせながら成長していく。そのグリーンゲーブルズという自然豊かな地が、信州松本に似ていたことも惹きつけられた原因の一つ。信州の春は遅い。だからこそ赤毛のアン同様、春を迎えるときの弾けるような喜びは格別だった。福寿草の黄色い花、蕗の薹(ふきのとう)などが雪を割って顔を覗かせる。春の使者ともいうべき、レンギョウ、マンサク、スイセン、サンシュユ、タンポポなど黄色い花が多いのが特徴だ。さて、『赤毛のアン』の文中に“雑香”と訳されたものが出てくる。明子さんは気になって仕方がない。この字面だけではどんなものなのか、わからなかったからだ。明子さんは、図書館に通い、洋書などで調べて、各種のハーブとオイルで作られたこの雑香を、ポプリと命名して世に知らしめた。ポプリ好きだった田辺聖子さんと『ポプリ』という雑誌を創刊したのもこの頃だ。ポプリは草花や葉っぱ・香草(ハーブ)、香辛料(スパイス)、木の実、果物の皮や苔、精油などの香料を混ぜあわせて容器に入れ熟成させて作る

 

・前述したように、この3月末からNHKの朝の連続テレビドラマ『花子とアン』が始まった。『赤毛のアン』シリーズの翻訳者・村岡花子さんの生涯を描くドラマである。今年は何かにつけ『赤毛のアン』が話題になるはず。アンへの造詣が深く『「赤毛のアン」の人生ノート――あなたの夢が実現できる7つの鍵』(岩波現代文庫)も出している明子さんも、お忙しい日々をお過ごしのようだ。先日、「アミュゼ柏」で行われた講演会には、熊井さんご夫妻の単行本を3冊担当した臼井雅観君が聴きに行ってくれた。同君によれば、『赤毛のアンに教えられた夢実現の秘訣』と題して明子さんは、赤毛のアンに学んだポジティブな生き方、シェイクスピア作品の魅力、さらには夫・熊井啓監督の映画をめぐる秘話などを話したという。実際、明子さんは、ポプリ研究家からシェイクスピア作品の香りの研究へとテーマを広げていった。「女性だって一生付き合える仕事を持ったほうがいい」。これは日ごろから啓さんからアドバイスされた言葉だというが、小説の中のアンも、養母マリラに進められて教師への道を歩むことになる。啓さんは生前、明子さんにエッセイだけでなく、小説も書くよう薦めていた。明子さんは監督の期待にたがわず短編小説集を書き、『夢のかけら』(春秋社)としてすでに刊行している。夢を持ち続けることの大切さをアンに学んだ明子さんは、自ら夢見た作家への道を歩み始めている。まさにアンの「夢実現の法則」を現実にした方なのである。

・弊社では明子さんの実の妹である5歳下の桐原春子さんともお付き合いがある。本も2冊出させていただいた。話を聞いてみると、性格的には小さい頃から対照的なお二人だった。姉の明子さんは文学少女で、静かに本を読むのが大好き。一方、妹の桐原春子さんはアウトドア派。子供の頃は真っ黒になって野山を駆け回っていたという。その名残は現在も色濃くあり、シェイクスピアの香りについての研究書を何冊も上梓している理論派の明子さんに対し、桐原さんは現実にシェイクスピア・ガーデンを自宅に作り丹精している。クロワッサンが主催した第1回「黄金の針賞」を受賞したのは桐原さんだが、お膳立てしたのは明子さんだった。大量のパッチワーク用の端切れを集め、それを桐原さんに手渡して、これでパッチワークを完成させてと制作を促したのだ。桐原さんは動くことが大好き。材料がすでに目の前にあって、あとは仕上げるだけとなれば、完成にこぎつけるまでにそれほど時間はかからなかった。受賞をきっかけに桐原さんも有名人の仲間入り。実践派のハーブ研究家として多くの本を出し、各所のカルチャーセンターで講師を努めている。さらには、シェイクスピア・ガーデンをきっかけに庭園に興味をもった桐原さんは、世界中の庭園を訪ね歩き、それぞれの庭園の魅力を、現在も読売新聞に月1回、庭園紀行として連載している。写真も文章も桐原さんだ。弊社から刊行された『桐原春子の花紀行――世界の庭園めぐり』は、その中から精選したもの。金も時間もある団塊世代以上の富裕層に受けた。このように、熊井明子さん、桐原春子さん姉妹には弊社は大いにお世話になっている。お二人のより一層のご活躍をお祈りしたい。


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『桐原春子の花紀行――世界の庭園めぐり』(桐原春子著、2010年、弊社)

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