加登屋のメモと写真…: 2013年9月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2013年9月アーカイブ

小澤征爾さんと大西順子さんのコンサート

清流出版 (2013年9月20日 12:23)

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上の部分:障害者向けの「サイトウ・キネン・フェスティバル(SKF)松本」公演鑑賞の旅を薦めるパンフレット。(写真提供:クラブツーリズム株式会社)

下の部分:公演の翌朝、「ジャズ大西順子さん クラシック小澤征爾さん 一夜限り 夢の共演」とコンサートの模様を報ずる信濃毎日新聞。第1面のほか、関連記事を28、33ページと3ヵ所に載せる充実した紙面。(写真提供:信濃毎日新聞社) 



・2013年9月6日(金)、この日を僕はどれだけ首を長くして待っていたことか。小澤征爾さん(総監督・指揮)率いるコンサート開催日だったからである。場所はキッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)。世界的に有名になったクラシック音楽のフェスティバル公演である。「サイトウ・キネン・フェスティバル」の冠にある齋藤秀雄さんとは、1902年生まれ、東京府出身の 日本のチェロ奏者、指揮者、音楽教育者として活躍された音楽家である。齋藤さんは、1955年に桐朋学園短期大学学長に就任された。その齋藤さんの没後10年にあたる1984年に、小澤征爾さんらの呼びかけによって世界各地から弟子たちが集まりコンサートを行なったのがきっかけという。

その後、1992年、オーケストラとオペラを2本柱とした第1回目の音楽祭「サイトウ・キネン・フェスティバル(略称SKF)松本」が開催された。今回はその第22回目に当たるが、初めて小澤さんとジャズ・ピアニスト大西順子さんとの共演が組まれていた。僕はジャズもクラシックも大好き。両方を楽しめる絶好の機会となり、この上なくラッキーな思いがしていた。それもこんな夢の組み合わせがなぜ実現したのか、後ほど説明しようと思う。車椅子に座ったままで鑑賞する機会を許可してくれた主催者と、そもそもこの旅を企画してくれたクラブツーリズム株式会社に改めて感謝の気持ちを捧げたい。


・小澤征爾さんは、近年、食道癌(2010年)や腰痛(2011年)を患って大変な時期を過ごされたが、現在は体力回復期にあると思われる。万一指揮ができない場合は、他の指揮者が指揮を務めるという事前通告があった。


そんな噂を払拭するように、今回、小澤さんは元気よくタクトを振って、会場の約1800名のファンを楽しませてくれた。昨年、小澤さんは体調が勝れず、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」の音楽監督しか務めることができなかった。だから、われわれファンもこの日、小澤さんの健在ぶりを目の当たりにし大満足のひと時であった。小澤征爾が戻ってきてくれた。日本が世界に誇る至宝は、この人だと改めて確信した。もっともっと長生きして、感動的な音楽を指揮し続けてほしいものである。


・第1部は、ジャズ演奏だった。大西順子トリオはチャールズ・ミンガス作曲の「So Long Eric」と「Meditation(For A Pair Of Wire Cutters」2曲を立て続けに演奏した。次に、ジェイ・リヴィングストンとレイ・エヴァンスの「Never let me go」。最後に、大西順子の「Eurogia No.15」が演奏された。ピアノが大西順子さん、ベースがレジナルド・ヴィール、ドラムスがエリック・マクファーソンの構成。各々、素晴らしいジャムセッションだった。メリハリがある演奏で気分が高揚し、一気に会場中が乗ってきた感じがした。


ベースのレジナルド・ヴィールの演奏も圧巻だった。右手の指先は柔らかいままで、約30分間に及ぶピチカートを弾いたが、その指先は最後まで柔らかく、しなやかだったのには僕もびっくりした。並のミージシャンだったら5分も続けられないはず。


また、大西順子さんのピアノが素晴らしかった。これ以上望めないほど奔放かつダイナミックな音色で、ピアノ・ソロの極致を味わわせてくれた。いままで大西順子さんの演奏を聴いてこなかったのが残念に思えたほどだ。


最初の「So Long Eric」(あばよ、エリック)は、ミンガスがエリック・ドルフィーに宛てた「告別」の手紙が内容だ。この曲は、1964年のヨーロッパ・ツアー中、ミンガスが、一人ヨーロッパに留まろうとしたエリック・ドルフィーを強く説得したが、翻意させることができなかった。ドルフィーはミンガスと別れ、その直後、糖尿病による心臓発作のため、ベルリンにて他界する。享年36の夭折だった。「So Long Eric」の曲をトップにもってきた大西順子さん。何に「告別」したかったのか、大西さんなりのお考えあってのことだろう。


・ここでなぜジャズとクラシックのコラボが実現できたか、述べてみよう。本日のコンサート開演前、ロビーで作家の村上春樹(64歳)さんを見かけたが、僕は事情を知っているのでうなずけた。小澤征爾さん(78歳)と大西順子さん(46歳)を引き合わせたのは、この村上春樹さんである。村上さんは以前から大西さんの演奏を買っていて、小澤さんを大西さんのジャズ・ピアノのライブハウスへ何回か誘ったという。


昨年11月、その大西さんの最後の演奏会が厚木のライブハウスで行われた。小澤さんはお嬢さんの小澤征良さんを伴って会場に足を運んだ。終演の言葉で、大西さんが感無量のおももちで「残念ながら、今夜をもって引退します」と聴衆に向かってしみじみと語った。突然、すっくと立ち上がった人がいた。小澤さんである。「(引退に)おれは反対だ!」思わず叫んでいた。勇気ある発言である。いや、それほど大西さんのピアノ演奏が素晴らしかったのだと思う。惜しんでも余りある引退宣言だった。


大西順子さんは、4歳からピアノを始めた。22歳でボストンのバークリー音楽院を首席で卒業。ジェシー・デイヴィス・クインテットのレギュラー・ピアニストやジョー・ヘンダーソン・カルテットのピアニストとして、アメリカ、日本をツアー演奏している。その後、1992年に日本へ帰国。数々の話題作を発表し、複数の受賞歴もあるが、2000年の大阪公演を最後に活動を休止していた。そして、2005年に演奏活動を再開する。だが、また2012年、引退を表明する。2011年に、親しい方を亡くされ、ショックで演奏はできなくなった。今後は、「Jazz勉強会」を続けていきたいという。


その後、村上さんが仲介の労を取り、大西さんと小澤さんが話し合う機会をもった。小澤さんが大西さんを口説いた。ジャズのピアノトリオのワークショップを松本でやらないか、そして、サイトウ・キネン・オーケストラ(略称SKO)と一緒にガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」もやらないかと。結果、大西さんは新設の「サイトウ・キネン・ジャズ勉強会」の講師を務める他、ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」の演奏を約束された。――これが、今回、実現された夢の共演というわけだ。


・休憩をはさんで、第2部は、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」組曲より(原作はシェイクスピア「ロミオとジュリエット」)。演奏は管弦楽がサイトウ・キネン・オーケストラ(略称SKO)、指揮者がチェン・リン(陳琳)。


演奏されたのは、「モンタギュー家とキャピュレット家」、「踊り」、「アンティーュの娘たちの踊り」、「ジュリエットの墓の前のロメオ」、「タイボルトの死」の5曲である。


チェン・リン(陳琳)さんは中国黒龍江省生まれの北京中央音楽院教授で、35歳の指揮者(女性)だが、さすが小澤さんが見込んだ方である。指揮棒の振り方や身のこなしなど、小澤征爾さんとそっくり。迫力に満ちた指揮棒の動きで、180名のオーケストラを自在に率いて見せた。個人的感想だが、いままで僕が見た女性指揮者のうちでも、西本智実さんや三ツ橋敬子さんと並ぶ力量ありと確信した。男女を問わず指揮者トップ10を挙げよと言われたら、間違いなく僕はチェン・リン(陳琳)さんを入れたい。


約180名のサイトウ・キネン・オーケストラも、各パーツがのびのびして、音楽の醍醐味を味わわせてもらった。僕は、金管楽器、木管楽器のパーツがとくに素晴らしかったと思う。

 

・この後、いよいよ小澤征爾さんの登場である。曲名はジョージ・ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」。大西順子トリオ、管弦楽がサイトウ・キネン・オーケストラ、指揮者が小澤征爾。いよいよ小澤さんがタクトを振る。僕の胸は期待に膨らみ、一人興奮していた。


・小澤さんは、思った以上に元気だった。いや、「ラプソディー・イン・ブルー」を指揮するのには、完璧に近いと思った。このまま何曲も振れるんではないかと思ったほどだ。僕の贔屓目かもしれないが、それほど今日の指揮は、際立っていた。実際、僕は小澤さんが体力回復期にあると認識していたが、指揮棒を振る姿や形を見ている限り、そんなことは微塵も感じさせなかった。そして、小澤さんが病歴を持つ78歳という年齢であることも。


・小澤さんの指先が宙に舞うと、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)と大西さんが「ラプソディー・イン・ブルー」の踊りだしそうなメロディーを紡いで応えた。大西さんが乗りに乗ってピアノのソロ部分に入ると、小澤さんも指揮棒を振る必要がなくなった。そして腰痛で立つことがつらい小澤さんが椅子に登り、足をぶらぶらさせ、リズムを取っていたのは面白かった。特に、大西さんが長いカデンツァを精力的に弾いた部分でのこと、小澤さんの足が満足する度に大きく揺れる。クライマックスでは揺れが特に激しくなった。いかに素晴らしい演奏であったかは、小澤さんのその足を見ていれば一目瞭然である。


・ガーシュインのラプソディーとはジャズの語法によるラプソディー(狂詩曲)だ。ジャズとクラシックを融合させたこの作品は「シンフォニック・ジャズ」の代表的な成功例として世界的に評価されている。そして、大西順子さんと小澤征爾さんの最強タッグチームで今、聴いている。そう思うと、幸せが押し寄せてくる。演奏が終わると、観客全員総立ちとなり、大歓声の渦に包まれた。


・「ラプソディー・イン・ブルー」(1924年)、「パリのアメリカ人」(1928年)や「ポギーとベス」(1935年)など不朽の名作を作曲したガーシュインは38歳で脳腫瘍のため夭折した。もし、長生きしていたら、どんな名曲を生んでくれただろうと思うと残念でたまらない。


・小澤征爾さんは24歳の時(1959年)、神戸を出発し、約50日後、マルセイユに上陸した。そこから日本のスクーターでパリを目指す。そして、ブザンソン国際指揮者のコンクールに飛び入り出場し、見事1位に輝き、指揮者としての桧舞台へとかけあがっていく。カラヤン、バーンスタインに認められてニューヨーク・フィル副指揮者に就任するまでを書いた『小澤征爾のボクの音楽武者修行』はわが青春の愛読書だった。


・マエストロ小澤征爾さんは、僕と同じ町に住んでいる。小澤さんが贔屓にしている「そば処 増田屋」へ行けば、小澤さんや横尾忠則さんに会えるかもと思い、期待して何度か行ったことがある。だが、残念ながらまだお会いしたことはない。また、大江健三郎さんも同じ町内で、小澤さんと大江さんの共著(『同じ年に生まれて 音楽、文学が僕らをつくった』、中央公論新社刊)がある。大江さんには散歩の途中で何度か会ったが、あまりに相手がまぶしい存在で言葉を掛けるには至らなかった。それより年に一度、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」に期待して、切符を手配することにしよう。


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「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」のパンフレットより



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小澤征爾と村上春樹の共著。この本を読んだら、音楽の世界が広がって楽しくなった。クラシックもジャズも良い。小林秀雄賞受賞。(新潮社刊)


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「サイトウ・キネン・フェスティバル(SKF)松本」のパンフレット。このパンフレットは、旅行仲間の間で大好評で、小澤征爾さんと毎日一緒に生きたいと、机に張っておきたい案やパソコンのトップ画面であしらいたい案など、みなさんがアイデアを出していた。

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