加登屋のメモと写真…: 2013年7月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2013年7月アーカイブ

林 勝彦さん

清流出版 (2013年7月18日 16:41)

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林勝彦さんが監督で、ドキュメンタリー映画「いのち―from  FUKUSHIMA to Our Future Generations―」がこのほど完成。日本の老若男女のみ限らず、全世界の人々に見て、考えていただきたい。

 

・科学ジャーナリスト林勝彦さんについては、20099月の本欄で少しだけ触れた。その時メインに扱った人物が、絵手紙の創始者として知られる小池邦夫さんである。弊社出版部では、絵手紙のジャンルに特に力を入れてきた。小池邦夫さんが執筆、もしくは監修・編纂した本は10冊以上にものぼる。また、35年以上と長らく小池さんとお付き合いし、私淑してきた担当編集者の臼井雅観君も、小池邦夫の絵手紙草創期を論じた単行本を2冊刊行し、絵手紙黎明期を通して、なぜ絵手紙文学が世に誕生してきたのか世に知らしめる役割を果たした。このお二人が従弟同士(母親同士が姉妹)ということは、小池さんから林さんを紹介してもらった時に初めて知った。今から半世紀以上も前のこと、大学受験を控えた小池邦夫さん(当時18歳)は愛媛県松山市から受験のため上京、文京区湯島の林勝彦さん(当時16歳)宅に下宿し、東京学藝大学書道科を受験、見事合格する。その後も、小池さんは林さん宅に下宿し、大学に通うことになった。二人は隣の部屋で寝起きし、切磋琢磨して勉学に勤しんだ。その甲斐あって、2年後には、林さんが慶應義塾大学文学部哲学科(産業社会学)に入学する。お二人の青春時代は、それぞれに人生を模索、彷徨しながらも、さぞかし充実した時を過ごしたと思われる。その後、二人はそれぞれの道を切り開く。小池さんは愛好者200万人とも言われる絵手紙の創始者となり、一方、林さんはNHKでのディレクター、プロデューサー経験を経て、NHK退局後は、メディア理論を引っ提げて、新進気鋭の科学ジャーナリストとなった。


・弊社出版部と執筆テーマを検討した結果、20129月、林勝彦さんは、NHK時代の仲間たち、元朝日新聞記者らとともに、『科学ジャーナリストの警告――“脱原発”を止めないために』(林勝彦編著、20129月刊)という単行本を弊社から上梓している。その前に林さんの経歴を簡単にご紹介しておきたい。慶應義塾大学を出た後、NHKに入局。ディレクター(1965-1982)、デスク(1982-1986)、プロデューサー(1987-2005)として40年間、約300本以上の番組を制作。それも主に、科学、環境、医療、原子力など、開発現場の最前線を踏まえた最先端科学、最先端技術情報を俎上に乗せて世に問うてきた。NHKエグゼクティブ・プロデューサー、科学ジャーナリスト塾塾長、映像作品「いのち」監督・制作、東京大学先端科学技術研究センター客員教授などを歴任後、現在は、東京工科大学メディア学部客員教授、東京藝術大学非常勤講師、早稲田大学大学院ジャーナリストコース非常勤講師などを務め、超多忙な日々を送られている。


・林さんの業績として世界的に評価された番組は多い。日本よりむしろ外国からの評価が高いほどだ。NHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」、「人体II―脳と心」、「人体III―遺伝子・DNA」全シリーズや、「プルトニウム大国・日本」、NHK特集「原子力(3) 放射性廃棄物」、「チェルノブイリ原発事故」等、林さんの制作した番組は燦然として輝いている。僕は林さんのNHKスペシャルを見て、驚異の念を抱いた。最先端科学、医療現場、放射能汚染と、極めて今日的なテーマを取り上げ、問題点をあぶり出し、その真相に肉薄していたからだ。映像的にも素晴らしく、見る人の心に訴えかけてきたように思う。その制作の姿勢、その敏腕ぶりはNHKでも、つとに鳴り響いていた。林さんは、あの立花隆、養老孟司といった博覧強記の方々と、丁々発止とやりあいながら、自らの信念に忠実に映像を制作された。今もってNHKでの語り草になっていると聞く。


・弊社で刊行した『科学ジャーナリストの警告――“脱原発”を止めないために』は、科学ジャーナリスト塾塾長・林勝彦さんが、原発問題を考えるに当たり、真摯に取り組んできた科学ジャーナリストを人選し原稿依頼したものだ。何箱もの膨大な資料の中から、珠玉の10本余の今日的な話題性あるテーマを選んで、主に林さんが親しい科学ジャーナリストたちが中心の執筆陣となった。例えば環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也を林さんがインタビューし、脱原発への道を探る。チェルノブイリ事故現場の四号炉に入ったNHKの現役解説委員・室山哲也、チェルノブイリの今を検証するため、取材に訪れた林さんの最新情報などは、原発の底知れぬ恐ろしさを伝えている。編集・校正にあたった担当者の臼井雅観と横沢量子は、資料の取捨選択から校了まで、原発の恐ろしさを誰よりも感じて編集作業をしたようだ。後日談がある。単行本が上梓された後、林さんから打ち上げをやろうとの話はあったようだ。しかし、林さんがとにかく多忙でなかなかスケジュール調整がつかなかった。そうこうするうち、時間ばかりが経っていた。単行本刊行から半年ほど経ったある日、横沢量子は偶然、林さんと出会った。「原発問題の解決には、まだまだ程遠いのだが、今後もよろしく」と二人でビールを飲みながら健闘を誓ったらしい。「加登屋さんとも一度お会いしたい」とラブコールメッセージを頂いたそうだ。


・この本の章タイトルと筆者(敬称略)をまとめると、脱原発へ本格的なアプローチが見て取れる。「放射能汚染地帯の既視感――フクシマでの始まった〈生命の切断〉」(NHK放送文化研究所主任研究員・七沢潔)、「科学ジャーナリズムの反省すべきこと」(科学ジャーナリスト・柴田鉄治)、「脱・原子力村ペンタゴン、脱・発表ジャーナリズム」(科学ジャーナリスト・小出五郎)、「チェルノブイリ原発事故から学んだこと」(NHK解説委員・室山哲也)、「海外メディアが暴いたニッポン大本営発表報道」(フリージャーナリスト・大沼安史)、「踏み出せ、脱原発エネルギーへの道」(環境エネルギー政策研究所所長・飯田哲也)、「アメリカにおける原子力発電の現状」(科学ジャーナリスト・藤田貢崇)、「日本の再生可能エネルギーはいま――現状と課題を探る」(サイエンスライター・漆原次郎)、その他は林さんがすべて書いた。序章「人類初の原発連続爆発・メルトダウン事件」、第6章「脱原発は可能か」、特別レポート「放射線の人体への影響――チェルノブイリから何がわかったか」、終章「原子力大国・日本の悲劇」などがそれ。最後に、参考文献、「あとがき」を執筆された。このような執筆陣と的を射た論文を集められたことは、科学ジャーナリスト塾塾長・林勝彦さんの面目躍如である。


・ここまでは林さんの本を中心に紹介してきたが、今年になってもう一つ、映画「いのち」監督・制作者の名前が大きくクローズアップされることになった。ドキュメンタリー映画「いのち―from  FUKUSHIMA to Our Future Generations―」(監督:林勝彦)というタイトルで、映像作品「いのち」プロジェクトが、立ち上がった。手始めに330日(土)、427日(土)で法政大学の市ヶ谷キャンパスのスクリーンで学生相手に無料で公開上映された。そして本格的に73日、渋谷アップリンクで、ドキュメンタリー映画『いのち』が、上映されることが決定した。入場料1000円。上映後に林監督と軍司達男さん(NHK衛星放送局長/元NHKエデュケーショナル社長)のトークショーが行われた。パンフレットに元NHKエクゼクティブ・プロデューサー、サイエンス映像学会副会長・林勝彦の挨拶文「人類史上初めての《原発建設爆発・メルトダウン》事件が起きて、福島第一原子力発電所事故から2年が過ぎた現在も16万人もの福島県民が故郷を追われ、生態系汚染も深刻な事態を続いている」から始まって、なぜこのような映画を作ることになったのか、切々と語りかけた。冒頭に「この映画は、協賛金、個人の寄付金で制作されている」と宣言されているが、この文章に僕はいたく心揺さぶられた。多くの一般企業が協賛し、市井の方々が手弁当で手伝い、出来上がった映画である。この人類史上、未曾有の危機に直面している福島原発事故。他人事ではない、風化させてはいけないのだ。日本人一人ひとりがもう一度、胸に手を当て、原発の功罪を検証すべき時ではないか。地震国日本に原発は本当に必要なものかどうか……。そんなことを考えさせてくれる。未来の地球や子供たちに、負の遺産を残すべはではない。日本各地で巡回上映されるこの映画を是非、見てほしい。林さんのこの熱い思いを無駄にしてはいけないとつくづく思う。


 

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