加登屋のメモと写真…: 2011年1月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2011年1月アーカイブ

『硫黄島を生き延びて』の著者・秋草鶴次さん

清流出版 (2011年1月17日 16:45)

秋草鶴次.jpg

かつて洋上大学でご一緒した時の一枚(前列中央が秋草鶴次さん)


・秋草鶴次さんの『十七歳の硫黄島』(平成18年、文春文庫刊)を読んだときは、僕自身、大変な衝撃を受けた。足利市の農家の長男として生まれ、十七歳の時、あらかじめ玉砕を運命づけられた硫黄島に海軍通信兵として配属された。十分な飲み水も食べ物もない極限状態を生き延びなければいけない。一番安心できる食べ物は、なんと自分の体に湧いたウジだったという。非情で過酷な状況に耐え、そして生き抜いた方であり、いかなる人物なのかと興味を抱いたものだ。

・その秋草鶴次さんと、平成十九年五月、洋上大学でお会いできることになった。二万三千トンを超える豪華客船“ふじ丸”での九泊十日の旅である。是非、お会いできたら、わが社で続編をお願いしようと思っていた。当時、『十七歳の硫黄島』は常にベストセラー上位にランキングされていた。この洋上大学は「根っこの会」の加藤日出男会長が、ほぼ毎年のように続けてきたもので、硫黄島沖、グアム島、サイパン島を巡る慰霊を兼ねた船旅である。ご一緒することになった二〇〇七(平成十九)年は、洋上大学三十九回目に当たった。加藤会長はこの回のゲストとして秋草さんご夫妻を招待したのである。洋上大学は参加総勢四百名を二十人ずつ班分けし、グループ行動を共にしたが、運よく我々は秋草さんと同じ班であった。

・そもそも僕がこの洋上大学に参加しようと思ったきっかけは、加藤会長の『生涯青春』という本を弊社から刊行させていただいたご縁からであった。八十歳を目前にしながら、正に生涯青春を地でゆくような会長の若々しさに感心させられたこともある。それに船内でサイン会をして本の販促に一役買ってくれるというのである。そんな経緯で編集担当した出版部の臼井雅観君、出版部顧問の斎藤勝義氏と三人で参加したのである。

・秋草鶴次さんは、復員後に、戦争体験を原稿用紙1,000枚以上にわたって秘かに綴るも、ご両親にはその悲惨さを知らせたくないと、生前中は一切見せず大切に保管されてきた。二〇〇六(平成十八)年夏、NHKが放送した『硫黄島玉砕戦 生還者61年目の証言』で取材に応じるまで、秋草さんをはじめ多くの元帰還兵は、硫黄島での惨状に一切口を開かず、沈黙を守ってきた。また、二〇〇八(平成二十)年九月、在日米軍の計らいで硫黄島を訪問した秋草さんが、六十三年ぶりに地下壕の入口の前に立って「ここに戦友がいるんだ」と嗚咽した。どれもこれも沈黙を破り、戦争を語ることは、戦争を生き抜いた人にとって、もう一つの闘いだったのだと思い知らされた。

・今回の『硫黄島を生き延びて』の「あとがき」に、「正しい戦争、聖戦などといえるものが本当にあるのだろうか。私には信じられない。あの戦争はなんだったのか? 南方等の戦場で失われた300万を超す命は、この世の平和の柱となって現世を支えている。その散華によって、現世に平和の尊さを教えている。我々は平和を託されている、と私は理解する」という文章がある。この文章から秋草さんの平和を願う気持ちがひしひしと伝わってくる。

・YouTubeでも秋草さんの硫黄島訪問と発言をご覧になることができる。これは在日米陸軍チャンネルで作られたものだが、「YouTube-010.IwoJima 1硫黄島の戦闘の経験 1、2、3」をクリックすると見ることができる。肉声に触れたい人は是非、こちらも視聴されてはいかがだろうか。


大いに語る秋草鶴次さん。84歳には見えず。

大久保清朗さん、高崎俊夫さんとシャブロル映画を語る

清流出版 (2011年1月13日 17:28)

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・待望されていた翻訳書『不完全さの醍醐味――クロード・シャブロルとの対話』が間もなく弊社より刊行となる。この日、翻訳者の大久保清朗さんが再校ゲラを持参してくれた。翻訳者として大久保さんを推薦し、この本の仕掛け人でもある編集者の高崎俊夫さんも相前後して来社された。クロード・シャブロルと言っただけでお分かりの方は、相当な映画のファンであり、わけてもヌーヴェル・ヴァーグに詳しい方と想像がつく。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーと並ぶヌーヴェル・ヴァーグ「三羽烏」と謳われたのがシャブロルだからだ。

・先に、訳者の大久保清朗さんをご紹介しておこう。1978年の東京生まれ。映画研究者(特に成瀬巳喜男の研究家)、日本映像学会員。現在、学究の徒でもあり、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論博士課程に在学中という。蓮實重彦さん、山根貞男さんと共著で『成瀬巳喜男の世界へ リュミエール叢書36』(筑摩書房刊)、「クロード・シャブロル、あるいは逆説の日常――『ヴィオレット・ノジエール』をめぐって」(『映像表現の地平』、中央大学出版部刊)などの著書がある。

・大久保さんの映画への洗礼は小学6年生までさかのぼる。その頃、スピルバーグ監督を通じて黒澤明を知ったらしい。つまり初めて知った映画監督がスピルバーグであり、そのスピルバーグが心酔していた黒澤明監督を知ったというわけである。ちょうど、黒澤監督の『夢』が公開されていた頃だろうか。アメリカの映画監督を経由して世界の黒澤明を知った日本の小学生。若き秀才の幼き日、映画体験が織りなす事実だ。僕は面白い話だと思った。

・クロード・シャブロルは、ヌーヴェル・ヴァーグ三人衆の中で、最初に長編デビューを飾った監督である。僕にとっては、長編第2作『いとこ同志』(1959年)が強く印象に残る作品だ。田舎からパリに出て来た朴訥で真面目な青年(ジェラール・ブラン)と寄宿先のいとこで女好きの遊び人(ジャン=クロード・ブリアリ)との関係。二人は法学の勉強のために同居する。放埓ないとこのせいで、真面目な青年がどんどん影響されていく。正にヌーヴェル・ヴァーグを体現する青春ドラマである。この作品は第9回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、その偉才ぶりを印象づけた。

・そのクロード・シャブロルは昨年(2010年9月12日)、残念ながら亡くなった。1930年生まれだから、享年80。この原書は、ほぼ1年前に翻訳を開始したから、ご本人が生きていたとしたら邦訳を契機に来日も可能であったと思われる。残念である。このホームページの2010年9月の時点で高崎俊夫さんがいち早く「〈愛の欠如を描く詩人〉クロード・シャブロルを追悼する」を書いておられるが、その解説で、「1957年、エリック・ロメールとの共著『ヒッチコック』が出版した批評家時代のシャブロルが、理不尽にも犯罪に手を染めてしまう人間存在の深い闇を鋭くえぐる才能は、明らかにヒッチコックの最良の後継者と呼ぶにふさわしい」と指摘されている。

・クロード・シャブロルが作った『肉屋』(1970年)、『野獣死すべし』(1969年)の2本も素晴らしい映画で、こちらは大久保清朗さんから送っていただいたDVDで見た。『肉屋』の女性主人公はステファーヌ・オードランで、どうでもいいようだが彼女はジャン=ルイ・トランティニャンの元妻であったことを初めて知った。『野獣死すべし』の原作は英国のミステリー作家ニコラス・ブレイク(『野獣死すべし』永井淳訳、ハヤカワ文庫)で、僕はすでに読んでいた。ニコラス・ブレイクは有名な詩人セシル・デイ=ルイスのペンネーム。この作品は、息子を轢き逃げで失った父親が、復讐を心に誓い、探偵まがいの行動から真犯人を特定していく“復讐の挽歌”である。この二作とも、シャブロルが素晴らしい監督であったことを証明している。

・シャブロルが残した監督作品を見ると第一作の『美しきセルジュ』(1958年)を筆頭に、『いとこ同志』、『二重の鍵』、『気のいい女たち』、『パリところどころ』、『女鹿』、『野獣死すべし』、『肉屋』、『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』、『ヴィオレット・ノジエール』、『意地悪刑事』、『マスク』、『ふくろうの叫び』、『ボヴァリー夫人』、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』、『嘘の心』、『ココアをありがとう』、『悪の華』、『石の微笑』、『権力の陶酔』……等、名画・傑作が目白押しだが、昨年『不貞の女』(1969年)のDVDを見て、僕はスリラーの醍醐味を味わった。夫(ミシェル・ブーケ)と妻(ステファーヌ・オードラン)、浮気相手(モーリス・ロネ)を巡って、緊密で抑制されたシャブロル演出が堪能できる傑作だった。高崎さんが言うように、クロード・シャブロルは大いにヒッチコックの後継者の資格ありと納得したものである。

・大久保清朗さんの情報によると、クロード・シャブロルの静かなブームが始まっており、間もなく爆発しそうだという。シャブロル特集が、3月、アテネフランセ以下すでに数回組まれているのが予兆とのことだ。シャブロルの監督作品は短編を含めると57作品あるが、とにかく日本では上映作品が少ない(未公開作品が多い)。少年時代の思い出から遺作となった『刑事ベラミー』まで、犯罪映画に情熱を傾けた孤高の映画作家が、監督した長編50作品の舞台裏を語り尽くしている。

・シャブロルの全貌が、この翻訳書で初めて明らかになるわけだ。シャブロルを知るのに、今、日本にはこの本しかない。シャブロル絡みのイベントや映画祭が期待できると同時に本も売れると思っている。大久保さんの説によると、2011年はヌーヴェル・ヴァーグという枠を超えて「シャブロル元年」といった再評価が映画ファンの間にも高まるのが必至という。特にシャブロルが敬愛したジョルジュ・シムノンの2本の映画化(『帽子屋の幻影』と『ベティ』)は日本で早く公開されてほしいと言う。大久保さん、高崎さんと一献傾けながらお話ししていると、お二人の映画芸術論が耳に心地よい。映画の細部の描写などに会話が弾んで、しばし時の経つのを忘れていた。

映画ファン、とくにヌーヴェル・ヴァーグの大好きな人たちにとって、大久保さん、高崎さんの薀蓄ある話は堪えられない!

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