加登屋のメモと写真…: 2009年12月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2009年12月アーカイブ

堀尾真紀子さん 植田いつ子さん 假屋崎省吾さんほか

清流出版 (2009年12月 1日 11:51)

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堀尾輝久さん、堀尾真紀子さん、野口徳洋さん、臼井、長沼、僕

・月刊『清流』2010年1月号の『夫婦対談』にご登場された堀尾輝久さん(右から2人目)と堀尾真紀子さん(左から3人目)。お二人はともに研究者として活動する一方、貴重な緑を守る住民運動、地域活動に取り組んでいらっしゃる。仲間と「崖線の緑を守ろう」運動のグループを結成、ねばり強く未来世代のために活動を展開されておられる。『清流』1月号をご覧になった方は、お二人の活躍ぶりと、どのような視点から発想しているか分かるはずである。堀尾夫妻のお宅に近い「国分寺崖線」と呼ばれる「緑の回廊」の野川沿いにわが家があり暮らしているので、人一倍関心がある。もう一つ、昨年初めて堀尾真紀子さんにお会いした際、お住まいの近くに準絶滅危惧種の「ヒカリゴケ」が発生するという話が印象に残った。すぐ思い出したのは武田泰淳の『ひかりごけ』という小説である。ここでは北海道の自生地がモデルになっていたが、東京の武蔵野の地にも珍しい植物「ヒカリゴケ」があった! 特筆すべきことなので記憶に残っていた。その話はさておいて、この夫婦対談で、真紀子さんは「よく夫は≪難に入りて、難を楽しむ≫という言葉を口にする」と発言されている。けだし名言である。尊敬に値する言葉であり、僕が真似したくても出来ない。人生をわたる覚悟である。こうした素晴らしいご夫妻をある夕べ、招いて会議、会食をした。

・まず堀尾真紀子さんからご紹介したい。東京藝術大学美術学部、同大学大学院修士課程を修了され、現在は文化女子大学教授である。NHK「日曜美術館」の司会をされたこともある。堀尾さんは弊社から『絵筆は語る――自分色を生きた女たち』を発売したばかり。フリーダ・カーロをはじめ、小倉遊亀、三岸節子、いわさきちひろ、グランマア・モーゼス、ケーテ・コルヴィッツなど8人の女性画家を取り上げ論じた本である。人生に悩み、翻弄されながらも、自分色を生き抜いた生涯を堀尾さんは綴ってくれた。「あとがきにかえて」に、「......彼女たち八人とは、時代も状況も比ぶべくもないが、私の内にも小さな鬼がいた。私が彼女たちに共感するのは、この鬼との対峙を通しての成熟への道のりである。」とおっしゃっている。こうした鋭い動機づけが執筆を促し、素晴らしい作品になったのは間違いないところ。「小さな鬼」とは何か、お聞きすることをしなかったが、女性であることによる様々な社会的ハンディや軋轢と無縁ではない、と想像している。

・この企画は外部スタッフの野口徳洋さん(左から2人目)が終始一貫して編集の任にあたってくれた。わが社の編集担当・長沼里香(右)もいろいろの面で勉強になったと思う。昨2008年7月号の本欄に、堀尾真紀子さんが登場されているので、ほぼ1年強で素晴らしい評伝が出来上がった勘定になる。この間、毎月のように、文化女子大学を訪れ、細部までこまごまと打合せしてくれた2人の情熱を有難いと思う。この間、堀尾さんは他社から『フリーダ・カーロ――痛みこそ、わが真実』、『フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ』の2冊の新刊書が相次いで刊行された。そうした超多忙の中、堀尾さんは『絵筆は語る――自分色を生きた女たち』の執筆にも頑張っていただいた。僕は臼井雅観出版部長(左)の同席を促した。なぜこの本の定価が2520円にもなったのか、著者に釈明してほしかったのだ。全国津々浦々の書店に配本して欲しいが、一方で取次店からの返品の問題がある。いきおい、部数を絞っていくと、定価があがる悪循環に陥る。いわば、わが社の限界だとも言った。そうなれば、わが社=社長の限界で著者には本当に申し訳なく思っている。

・僕は、冒頭のフリーダ・カーロをはじめ、八人の画家について強い共感を持っていただけに、評論と解説がどう展開されるか期待した。結果的には≪簡潔にして要≫にまとめていただいた。紙数を費やせばいいというものでもない。堀尾さんのこのような凝縮された文体には敵わないと思う。美術評論のなんたるかを熟知して、要領よく上手に紹介された。例えばケーテ・コルヴィッツなどは、僕が1970年と1971年に銀座の青木画廊で初めて観た。1990年代には八ヶ岳南麓のフィリア美術館で都合3回ほど観ている。それだけ魅力的な作品だったが、堀尾さんのケーテ・コルヴィッツ論は、心にしみじみと余韻が残す名文になったと感心した。

・次にご主人の堀尾輝久さんをご紹介したい。東京大学法学部政治学科卒、同大大学院博士課程修了(教育学博士)、東京大学教授、中央大学教授、日本教育学会会長、日本教育法学会会長などを歴任。大学時代は、あの丸山眞男ゼミであった。輝久さんのご著書をアマゾンで引くと50冊、ビーケーワンだと67冊出てくる。教育問題が多いが、最近は絵本『ピース・ブック』(ドット・パール原作 2007年童心社刊)も刊行され、子どものみならず、大人まで楽しめる翻訳本を手がけている。

・輝久さんの本をわが社でも作りたいと強く願って、この日を迎えた。野口徳洋さんが予め先生と打合せをし、スケルトンを作ってくれていた。章立てやキャッチワードを見て、おおよそ内容が分かったのは有難かった。身近なエピソードから大きなテーマへと導かれるように、帰納的なアプローチで論を進める。一つのエピソードから導かれるテーマは複数考えられるが、どこをポイントにするかは全体のバランスのなかで整理していく。このスケルトンを見て、僕は気に入った。ただ、スケルトンに漏れたこととか、もう少し突っ込んで欲しいテーマがあった。

・例えば、第1章の歴史的認識の部分で、僕は堀尾先生が数々の受賞をされたことを反映した方がよいと注文を出した。まず、1994年にパルム・アカデミック賞(フランスの文化功労章)を、2008年にトゥールーズ大学の名誉博士号を受賞されたが、このような場合は各々受賞挨拶をベースにして、関連の項目を立ててほしいと注文した。わけてもトゥールーズ大学の名誉博士号の時は、おそらくジャン・ジョレスのことに触れたに違いないと思い、ジャン・ジョレス論を書いて欲しいとお願いをした。

・ジャン・ジョレスは、トゥールーズ大学の哲学教授として教壇に立った。その後、社会主義者として代議士となり、社会党(SFIO)の指導者になる。『ユマニテ』誌を創刊。政治家として国民の教育を重視した論客ジャン・ジョレスは、輝久さんにどのような影響を与えているか、僕は知りたかった。また、『チボー家の人々』(ロジェ・マルタン・デュ・ガール著)の中で、ジョレスが暗殺されるシーンは特に印象に残る。訳者の山内義雄先生は僕の大学時代の恩師である。そうした個人的な感情を抜きにして、堀尾さんには、ぜひ触れていただきたいと思う。なにせフランス人はジャン・ジョレスが大好きで、パリには2つの地下鉄がジャン・ジョレス駅、トゥールーズにはジャン・ジョレス通りがあるほどだ。 

・輝久さんとお話をして、ヴォルテール、ディドロ、ダランベール、ジャン=ジャック・ルソー、ビュッホン、コンドルセ、ジャック・テュルゴー......以下、百科全書派(アンシクロペディスト)に話題が及んだのが嬉しい。「(5)教育の項で、ルソー『エミール』―→子どもの発見と子どもの権利。地球時代の子どもの権利と子ども観。学校教育と家庭教育。」を立て、野口さんは取り上げる予定だが、これには僕も大賛成だ。僕は大学時代、在仏40年の椎名其二老人に学んだことがある。秋田弁で百科全書派の哲人たちの精神のエッセンスを語ってくれた。フランス語のガリマール版、プレイヤード版を何冊も勉強させられたのも懐かしい。輝久さんに巡り会って、50年ぶりに向学心を刺激された。堕落しきった頭に、ガツンとかつを入れられた気がした。

・≪第3章には、無言館で「スタバート・マーテル」を合唱―→ 戦争で散った若者への思い。戦争と平和。≫――と野口さんがスケルトンに書いてある。僕の大好きな無言館と曲があるので、ちなみに作曲家はだれなのか聞いてみた。「スタバート・マーテル」は、僕は、ペルゴレージ、ドボルザーク、ヴェルディ、ハイドン、ロッシーニ、ヴィヴァルディ、パレストリーナ、プーランク、ペンデレッキー、シマノフスキーなどを聞いたことがある。輝久さんが「ドボルザークです」とおっしゃった。それで納得した。輝久さんのバリトンの声だったら、この上なく合うと思った。

・この会の最後に輝久さんは、見事な歌声でシャンソンの「枯葉」を歌ってくれた。イブ・モンタンを彷彿とさせる美声で、僕も知っているフランス語の歌詞が滔滔と流れる。「木曽路調布店」で、このような素晴らしい歌声が漏れ聴こえ、お店の人もさぞびっくりされたことであろう。堀尾さんの「枯葉」をぜひ皆さんにもお聞かせしたいと心から思った。

・ここから先は、企画にあまり関係ないことだが、堀尾さんはコンドルセの研究家でもある。そこで、今回のわが国総選挙の結果、民主党が大勝したが、「コンドルセのパラドックス」の理論で言うと、今後どのような展開が考えられますかと質問した。先生は、その理論的な根拠「投票の逆理」を明快に説明してくれた。だが、今後の展開はおっしゃらなかった。でも、僕は満足した。『人間精神の進歩に関する偉大な人道的考察』(1795)を書いたコンドルセは、1789年のフランス革命で指導的な役割を果たした。その後、捕まり獄中にあったコンドルセは自殺か、殺されたか、今では謎の最後を迎えた。ジョレスといい、コンドルセといい、惜しい知的巨人を失った。

・蛇足ながら、僕は40年前、すなわち1969年にパリの地下鉄で堀尾真紀子さんを見かけている。反対側のプラットホームに彼女が立っていた。僕と真紀子さんは、1分間ほどだと思うが、ずーと見つめ合っていた。僕は二度、脳出血を体験している。錯覚ではないか、という人もいるかもしれぬ。1分間は短いようで長い。当時、パリでは日本人は珍しかった。記憶の底にその面影はしっかりしまいこまれていた。どこの、だれかは知らなかったが、昨春、わが社を訪ねてくれた堀尾真紀子さんを観たとき、40年前の記憶が蘇った。「あっ、あの時のあの方だ!」と......。優しい方である。「あの時、わたしは可愛かったでしょう」――堀尾さんが僕の《あいまいで、確実な記憶》をフォローしてくれた。よい著者を持って、本当にうれしい。この頃の国際免許証(下)がある。今と違って髪の毛がたっぷりとある。興味があったらご覧ください。

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パリに持って行った国際運転免許証。そろそろ髪の毛が気になる頃。ドイツからフランス経由でイタリアまで、ベンツを転がして時速230キロで素っ飛ばしたこともしばしばある。

 

 

 

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青木久惠さん、三戸節雄さん

・ある日、著作権代理会社のタトル・モリ・エージェンシーから高橋与実編集委員にいい提案があった。アガサ・クリスティ本の翻訳出版をやりませんか? との打診である。 『AGATHA CHRISTIE AT HOME』が原著タイトルで、Hilary Macaskill の構成だとか。僕はその話を聞くなり、1890年9月15日生まれのアガサ・クリスティは来年生誕120年になることを知り、絶対やるべきだと即決した。

・その際、僕は翻訳者に青木久惠さん(右)を起用したいとの希望を高橋に伝えた。僕がダイヤモンド社に入って3、4年後、青木さんがダイヤモンド社の子会社プレジデント社に入った。名物編集者・馬場禎子さん(その後、オレンジページの編集長・社長・会長、ダイエー初の女性取締役を歴任)のもとで青木久惠さんが頑張っているなと思っていたが、いつの間にか青木さんはプレジデント社をお辞めになっていた。それから突如、海外の推理小説の翻訳者となって、僕の前に現れた。

・いま、ビーケーワンのリストには84冊の青木久惠さんの翻訳書がある。調子の良い時は年に5冊、少ない時でも年2冊ほど翻訳され、精力的にお仕事をしておられる。アガサ・クリスティ作品も、『そして誰もいなくなった』、『青列車の秘密』などを翻訳された。その他、アーロン・エルキンズ、P.D.ジェイムズなどは、ほぼ独占的に青木さんが翻訳されている。まさに、青木さんの独壇場である。

・青木さんの消息を知ろうと、同じプレジデント社に勤めていた三戸節雄さん(左)に聞いたところ、「近年、OB会にも来ませんでした。たしかアメリカ在住の噂がある」と言うばかり。その後、高橋と僕は全然違う線(と言っても早川書房の方は同じだが)からほぼ同じ日にアメリカ在住の、青木さんのメールアドレスを手にした。編集者仲間は、こうした麗しい友情が残っている。早川書房の川村様、小都様、仲介に立ってくれた翻訳者の野中邦子様、本当に有難うございました。

・そうして、青木さんがいよいよ日本に帰ってくる日が確定した。わが社に三戸さんを迎え、久しぶりの再会を図った。青木さんはなんとアメリカ人と結婚して、毎年、税務申告の時など、日本へ帰るという。さっそくスケジュールを決め、翻訳してもらうことに決めた。ご主人は、無類の読書好きで、キンドルを手放さないという。あちらの生活を語り、日米の文化比較をされる。本当に国際人に変身されたなと、僕は感慨深かった。45年前の彼女の面影は完全に残っていない。

 

 

 

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植田いつ子さんと

・紀尾井ホールで天満敦子さんの「デビュー30周年 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル」が行なわれ、聴きに行った。この日、会場の入口付近で窪島誠一郎さんの姿を見かけたので挨拶した。待ち合わせのような様子なので、「どなたか、いい人を待っているんですか?」と声をかけた。「恋人みたいな方を待っている」とのお答えである。そんな答え方をされると興味をそそられたのであるが、その人が、なんと終演後、廊下で出会ったから分かった。植田いつ子さんであった。植田さんが窪島さんのお相手だったのである。植田さんは月刊『清流』にも以前、登場していただいたほか、弊社が學士會館で行なった野見山暁治さんと窪島誠一郎さんの合同出版記念会にもお越しになっている。僕と同じに杖をつくお身体。窪島さんが一枚撮ってあげようかと言い、恐縮ながらのツーショットがこの写真。植田いつ子さんはいつも皇后美智子様と共に僕の念頭にある。

・今回の天満敦子さんの演奏は、今まで聴いた中で最高の出来栄えだった。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番ロ短調BWV1002と同第2番ニ短調BWV1004「シャコンヌ付き」、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタより、シャコンヌのテンポでプレスト、お馴染みのポルムベスク「望郷のバラード」のほか、日本人の作曲した竹内邦光「古謡」、和田薫「独奏ヴァイオリンのための譚歌?・?・?・?」という構成だったが、この竹内さんの作曲した「古謡」と和田薫さんの「譚歌」が素晴らしかった。お二人は、演奏直後にご自分の席で立ち上がって返礼されたが、このような優れた曲がもっともっと世の中に注目されてもよいと思った。

・わが社から希望者8人がこの演奏会に行ったが、いい演奏、いい音楽を聴いて大満足であった。今後も天満敦子さんの超絶技巧を聴くのが楽しみだ。

 

 

 

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假屋崎省吾さん、秋篠、僕

・今年も假屋崎省吾さん(中)の個展の季節がやってきた。これを見ないと、暮れが来た気がしない。編集担当の秋篠貴子(右)と臼井出版部長と連れだって、目黒の雅叙園に行った。假屋崎さんがプロデュースしたブライダル・ブーケのファッションショーは、モデルが綺麗なこともあり、愉しく拝見させていただいた。また、ショーの最後には、サプライズが用意されていた。弊社でも単行本を出させていただいているフジ子・ヘミングさんの演奏があったのだ。弊社社員は何度か、大挙してフジ子・ヘミングの演奏会を聴きに行っている。今回、フジ子さんはブレークのきっかけともなった「ラ・カンパネラ」で最後を締めたが、久しぶりに生のフジ子さんの演奏を堪能した。ただ、演奏に切れがなかったのは気がかり。売れっ子ピアニストの宿命だろうが、多少、お疲れではないだろうかと、懸念される。

・それにしても1000人近い人が入っている。その人いきれで熱気がムンムン。フジ子さんの演奏が終わるころに、臼井君が酸欠気味で気持ちが悪くなったという。実は僕も限界に近かった。ショーの間、立ちっぱなしだったうえ、数杯、お酒も入っている。身体がふらつき始めていた。これ幸いと三人急いで会場の外に出た。今回、早めに行ったので、真ん中付近に入ってしまったのも反省材料であった。

 

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小池邦夫さん、斉藤勝義さん、臼井、僕

・絵手紙作家の小池邦夫さん(左)は、弊社から4、5冊本を出している。11月の初旬には毎年、鳩居堂を会場に個展を開催している。主に弊社で海外版権を手伝ってもらっている顧問の斉藤勝義氏(右)と臼井出版部長(右から2人目)を帯同して出かけた。小池さんは絵手紙の創設者。狛江にお住まいだが、狛江市は絵手紙発祥の場所として大いにPRしている。垂れ幕が下がっているのでご覧になった方もいるだろう。

・今回の作品の中では、この写真の背景に写りこんでいる大きな書が気に入った。奥さんの恭子さんにお聞きしてみると、こんなに大きな作品は久し振りなのだという。そもそも季刊『銀花』で絵手紙が特集されたとき、この大きな和紙を編集部からいただいたのだという。せっかくこんないい和紙が手許にあるなら、思い切って挑戦して書いてみた。それがこの作品だった。

・やはり大きなものを書くにはエネルギーがいる。息もつかず書いていくから、身体的にも相当きつい。でも、終わったあとの清々しさはなんともいえない。その感じを久方ぶりに味わって、また挑戦したいという。実は弊社には書道部がある。部員は臼井君と僕の二人だけだが、大きなものを書くのはやはり愉しい。写経のセットもあるが、ちまちま書いていると逆にストレスが溜まる。小池さんの気持ちが体験から少しはわかる。来年が白樺派100年の節目。小池さんの監修で武者小路実篤の本を進めているが、是非、小池さんのツキをいただいて、成功させたいと思っている。

 

 

 

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藤岡啓介さん、上松さちさん、村松静枝さん

・翻訳家の藤岡啓介(右)さんが上松さちさん(中)、村松静枝さん(左)を伴って来社された。『シンキング・プレイス――偉大なアイディアの生まれた場 所』(ジャック・フレミング、キャロライン・フレミング夫妻の共著)という本の翻訳をお願いする予定なのだ。藤岡さんはディケンズの『ボズのスケッチ』(岩波文庫)『翻訳は文化である』(丸善) 『世界でいちばん面白い英米文学講義』(草思社)など五十冊を越える著書・翻訳書がある。翻訳のプロを目指す人のための「鎌倉翻訳勉強会」というサークルも主宰されている。また、大手翻訳会社サン・フレアで『WEBマガジン 出版翻訳』を立ち上げ、わが社から刊行の、『世界を変えた歴史的な日――その時、歴史が動いた』、『世界を変えた名演説集 ――その時、歴史は生まれた』の二冊を翻訳していただいた平野和子さんも、この執筆者のお一人。今回、共訳者となる上松さん、村松さんも藤岡勉強会での教え子ということになる。

・この本は、エドヴァルド・グリーグ、ジョージ・バーナード・ショー、マーク・トウェイン、ウィアム・ワーズワース、ジェーン・オースティン、チャールズ・ダーウィン、チャールズ・ディケンズ、ヴァージニア・ウルフ、ディラン・トマス、アーネスト・ヘミグウェイ......など、約30名の19世紀?20世紀にかけて活躍した偉大な創造的人物を取り上げている。こうした人物の作品がまず解説され、その先に彼らが思考し執筆するための場所、日常の煩わしさから逃れて想像力を働かせるための「シンキング・プレイス」について詳しく語られる。

・原著を手にしたとき直感が湧いた。この企画はいけるのではないか、と......。原著の表4部分には、「面白い人たちによる面白い本。文学探究と人知への、喜びに満ちた押さえきれない情熱が形になった」といった大学教授の推薦文がある。"旅行記のもつべきすべての特性を見事に備えた一冊"との売り文句にも惹かれた。僕は賭けるつもりで版権取得を決意したのである。

・この本は、原書の30名すべてを訳すとかなりなボリュームになるし、日本人が馴染みの 薄い作家も入っている。日本での知名度や作品の内容を加味して、20名前後に絞り込むことも考えている。藤岡さん、上松さん、村松さんの三人が作家別に分担して訳し、最終的に藤岡さんが全体を通しての、文体や翻訳の問題点をチェックするという。安心して任される翻訳体制が整ったとみていい。また、進行についてだが、弊社の編集担当の古満温と、編集経験もあるという上松さんが話し合いながら進める。ちょうど、同時進行で高橋与実が編集担当で「アガサ・クリスティ」の本の翻訳が進められているので、刊行時期も合わせられたらと思っている。

 

 

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