2009.11.01野見山暁治さん 堤未果さん

 

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野見山暁治さん、山口千里さん、僕  

・画家・野見山暁治さん(左)は、本欄に何度も登場していただいた。窪島誠一郎さん、堀文子さん、椎名其二さん、田中小実昌さん……など、僕もよく知っている人たちとの交流はもちろん、その他の方々とのお付き合いや発言について、月刊『美術の窓』の名物コラム「アトリエ日記」には、日ごろから注目してきた。野見山さんは、八十九歳になられる今も進化しておられるところが凄い。洋画のみならず版画にも手を染め、最近では水墨画展もされた。常に新境地を開拓しておられる。野見山さんの作品が、街中に進出しているのをご存知だろうか。東京の副都心線の明治神宮前駅に展示されたステンドグラスの大作は、その作品の一つである。僕はNHKの美術番組でこの制作過程をじっくりと観る機会を得た。杖をつかなければ歩行が困難な僕なので容易ではないが、車椅子とエレベーターを駆使していつの日か実物を観に行こうかと思っている。

・この日、野見山さんの新刊『続 アトリエ日記』の見本刷りが上がってきた。野見山さんは、秘書で、自身画家でもある山口千里さん(右)に伴われて来社され、わずか1時間足らずの間に販促等に使用させていただく100冊にサインをし終えた。休む間もなく、お二人はその足で、銀座に向かった。この日は銀座「みゆき画廊」での野見山先生の個展初日。その忙しいスケジュールをやりくりして、弊社に駆けつけてくださったのである。今回の個展のメインテーマは版画だという。

・一冊目の『アトリエ日記』は2003年9月22日から2006年5月20日までの日記であり、『続 アトリエ日記』は2006年5月22日から2008年11月30日まで収録してある。今後もこのペースで書き続けられると、2年位で『続続 アトリエ日記』を出すことになりそうだ。今一番面白い日記だと思っているので、長く続いてほしい。

・思えばこの本が出来るまで、結構時間がかかっている。野見山暁治さん、山口千里さん、『美術の窓』の小森佳代子さんと待ち合わせをし、今回の『続 アトリエ日記』の件で打ち合わせをしたのは、真夏の暑い盛りのころであった。もともと「アトリエ日記」は月刊『美術の窓』の連載で、小森さんなくては出せない企画だった。この場で、お礼を申し上げたい。

・後日、野見山さんから、『野見山暁治 全版画』(アーツアンドクラフツ刊)が送られてきたが、発行日は2009年10月15日、我々の『続 アトリエ日記』が10月19日である、ほぼ同時に出来上がったことが分かる。それを見ると、四十有余年に及ぶ版画制作の集大成で、銅版画116点、リトグラフィ87点、モノタイプ88点、シルクスクリーン14点を一挙に載せた力作で、定価6800円は安いと思う。もちろん会場でも売れ行きがよく、我々も一冊購入した。その『野見山暁治 全版画』の本には、美術評論家の有木宏二さんが、椎名其二さんと野見山さんの詳しい交友関係を描写している。しかもあの名著『四百字のデッサン』にも触れている。

・さて当日、臼井君と僕は博報堂と朝日新聞の関係者に、野見山さんを引き合わせる仕事が控えていた。驚いたことに、インタビューアは蜂須賀裕子さんだった。かつて月刊『清流』を立ち上げたころ、ライターとして活躍してもらった人である。久しぶりの邂逅であった。彼女の生地は芸術家たちが集まっていた「池袋モンパルナス」の周辺で、僕もすぐ近くの東長崎で若い頃を過ごしたので懐かしかった。そんな僕の感傷には関係なく、いつものカメラマンや広告代理店の方々が協力して野見山さんのポートレイト撮影は進んだ。

・みゆき画廊の会場は初日に加え、野見山さんの人気にも後押しされて、会場は熱気に包まれていた。各作品には購入済みの赤い丸印がどんどん増えて、オープニング初日は稀に見る盛況のようだ。僕の旧知の色彩美術館の菅原猛さんとか、みゆき画廊には野見山さんと話をしたい方が訪ねてくる。そのため、インタビューは近くの喫茶店でということになった。ここまでつないだところで、臼井君と僕は「みゆき画廊」の店主・牛尾京美さんに挨拶をし、ここで失礼することにした。

・それにしても野見山さんの絵画、版画が素晴らしい。すでに文化功労者であるが、ひょっとしたら来年か再来年に文化勲章を受賞するのではないかと僕は睨んでいる。そんな俗事のことに関係なく、野見山さんらしい天衣無縫なお話を楽しみにしている僕だ。ひょうひょうとしており、感性が若々しくて、発言の隅々まで酔える。僕の敬愛している椎名其二さんを彷彿する語り口と言いたい。椎名さんの場合、秋田弁だが……。今回の『続 アトリエ日記』では、残念ながら椎名其二さんが登場するページがない。必ず次の『続続 アトリエ日記』では出てくると思うので、楽しみにしている。

・この後、野見山さんと親しい画家・堀文子さんの本『対談集 堀文子 粋人に会う』が弊社から刊行と同時に銀座の中島アート画廊で個展をする予定。90歳前後のお二人の活躍ぶりには頭がさがる。よって今回は、野見山さんの『続 アトリエ日記』の内容にはあえて触れない。一例をあげると、野見山さんが「オレオレ詐欺」に引っかかった話はけだし傑作。89歳にして、友人と思わしき男にまんまとやられた経緯は、本当に可笑しい。いまどき日記で堂々とベストセラー(神田・東京堂で第6位)街道驀進中とは素晴らしい。コアなファンが確実にいるので、出版社としては頼もしい著者である。

 

 

 

 

 

 

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堤未果さん、佐藤より子さん

・今注目のジャーナリスト・堤未果さん(右)が堤オフィスのマネジャー・佐藤より子さん(左)と打合せのため、来社された。未果さんのお母さんの堤江実さんが堤オフィスの代表だが、彼女はこれまでかれこれ6冊ほどわが社から刊行していただいた。そこで当然なことだが、娘の未果さんにも本を出してもらいたいと僕は執心した。だが、いまや売れっ子になった未果さんはお忙しくて、おいそれとは実現できない。

・2008年1月に出した『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波書店刊)は日本エッセイストクラブ賞、2009年新書大賞受賞で28万部のベストセラー。その前後、あっと言わせるニュースが飛び込んできた。参議院議員の川田龍平さんとの結婚話(本来なら川田未果さんと呼ぶのだが、堤未果さんと僕は慣れているほうを採用する)。その後も、『正社員が没落する』(湯浅誠さんとの共著 角川書店刊 2009年)の刊行やテレビ番組出演。僕が毎週観ていたのは「朝日ニュースター ニュースの深層」で、サブキャスターだったが、メインキャスターの宮崎哲弥さんと辻広雅文さんに伍して発言させればよかったのに、残念ながら未果さんの本領が発揮できなかった。結局、2006年4月から始めたが、今年3月で降板した。今はNHK教育やNHK BS出演など多忙を極めていらっしゃる。

・ここで面白い対談を紹介したい。新潮社の「波」2009年5月号より、田勢康弘さんと五木寛之さんが語った一説である。
田勢――昔とくらべたら、ずいぶん変わりましたね。岩波といえば、『ルポ 貧困大国アメリカ』を書いた堤未果さんのお父さん、意外な方なんですね。五木さんはご存知でしたか?
五木――知ってるも何も、彼にはどれだけやられたか。かつての雀友、ばばこういちさん。無頼派ジャーナリストの彼に、あんな優秀なお嬢さんがいたとは……時代は変わったなあ(笑)≫

・思うに、未果さんは意識するしないに関わらず、父親からは「ジャーナリスト魂」を、母親からは「詩人の魂」を受け継いできたように思える。今後もお二人から良い刺激を受け、さらに書き手として成長するに違いない。周りの方がほっておけない人なので、ジャーナリストとしても、今後急成長していくと思う。

・堤未果さんは、いま展開したいのが≪対談集≫と言う。それもすでに、対談相手もほぼ決まっている。数ある中で、未果さんが選んだ相手は、茂木健一郎さん、福岡伸一さん、佐治晴夫さん。このメンバーを聞いたとたん、僕は素晴らしい人選だと納得した。当節、人気、実力のある学者たちで、誰をとっても異存がない。脳科学者、分子生物学者、物理学者を相手にどんな聞き方や展開の対談になるか、期待したい。今後の詰めが大事だが、きっと上手くいくと思う。