加登屋のメモと写真…: 2008年12月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2008年12月アーカイブ

小山明子さん『源氏物語』の朗読

清流出版 (2008年12月 1日 17:53)

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・月刊『清流』の人気欄「小山明子のしあわせ日和」を連載していただいている女優の小山明子さん(中央)が、銀座の博品館劇場で『源氏物語』の朗読公演をされた。小山さんは今年で3回目の源氏物語朗読である。昨年までの2回は、「明石」の帖だったが、今回は「夕顔」の帖である。凛とした舞台で、素晴らしいとしか表現しようがない。僕は下手な謡をやるが、小山さんの朗読出演を知り、大いに刺激を受け、謡曲「夕顔」を自宅で密かに唸った。「ただ何某の院とばかり書き置きし世は隔たれども見しも聞きしも執心の色をも香をも捨てざりし涙の雨は後の世の障りとなれば今もなほ......」。能舞台で「夕顔」を見た時の思い出がよみがえってきた。

・小山明子さんは前回、10カ月間ボイストレーニングに通い、家では朝晩、大きな声を張り上げて読む練習をしたと言う。「夕顔」の帖の瀬戸内寂聴さんの現代語訳も現代にピタリと合った。その上、小山さんの語り口調が舞台に映え、もののあはれがしみじみと伝わってきた。儚く散った夕顔の悲しい運命。ヒロイン夕顔の魅力が一段と増していた。小山さんの担当編集者、秋篠貴子(右)と僕は終演後、小山さんと記念撮影したのがこの写真。撮影は臼井雅観君。小山さんの旧姓も臼井とのことで、小山さんと臼井君は電話でこの話題で盛り上がったという。

・今年は「源氏物語一千年紀祭」特別記念公演(公演名誉会長は瀬戸内寂聴)で、会期も1カ月以上の意欲的な催しとなった。「まるごと源氏物語」と銘打って、朗読のほかに落語、詞劇、シャンソン、ダンスなど盛りだくさん。ハープ、琴などの演奏も入っており、楽しみつつ勉強になった。小山明子さんの朗読の前に、筝演奏の松本英明さんが若者にしては素晴らしい演奏をしてくれた。

・月刊『清流』には多種多彩な人々が登場するが、小山明子さんほどご多忙な方は珍しい。ご主人・大島渚さんの日々の介護をする傍ら、テレビ出演、雑誌などへの執筆がある。朗読公演もされている。ここ1?2カ月位のマスコミ露出度も驚異的だ。各メディアがどう伝えたか、僕も"小山明子さん追っかけ"の一人となって情報を集めてみた。

・まずテレビでは、10月20日、テレビ朝日系で、ドキュメンタリスペシャル「大島渚"最後の闘い"壮絶!小山明子献身愛脳出血に倒れた夫よ...密着4000日」が放映された。つづいて10月24日、テレビ東京の「たけしの誰でもピカソ」に登場された。また11月1日、テレビ朝日「スペシャルな午後」に出演。一連の番組で、1996年に大島渚監督が脳出血で倒れて、懸命の介護に専念、自らもうつ病を患って、助かった命。そんな経緯を包み隠さず語られた。

・週刊誌では、『週刊女性』10月21日号で"人間ドキュメント"「うつ病を乗り越え、夫への献身介護を続ける」と題し、「死に場所をもとめてさまよった私がいまはふたりでいられるだけで幸せです」のメッセージ。12月5日号の『週刊朝日』では「親子のカタチ」の欄で、小山さんとご長男の大島武さん(東京工芸大学准教授)が対談している。「子どもは宝物だけど、一番愛しているのはパパだから。あなたたちは自分で家庭をつくって生きていきなさいというのが、ずっと私の教育方針」という小山さんの言葉に対して、「お父さんがお母さんに惚れてる感じがするよね。いい年した今でも。それは子どもにとってもすごく良かった」とご長男は応ずる。

・月刊誌では、『清流』誌が独占的に毎号、小山さんの近況を伝える。今出ている号では、「地域でいきるということ」と題して、小山さんの隣近所の付き合いをお話している。神奈川県藤沢市の鵠沼にお住まいで、この春から町内会(一照会)の班の組長をおやりになっている。毎号、そのような日常的な話題を含めて、女優・小山明子さんの全貌をお届けする。

・新聞では、日本経済新聞で10月27日?30日、「人間発見」欄にご登場。「夫の介護が生きがいに」という小山さんの日々の生活を5回にわたり赤裸々に語ってくれた。主な内容は、05年に朗読公演で舞台へ。女優業の快感よみがえる。自宅では大島監督の車いす押す生活。スキンシップ大事に。雑誌写真きっかけに映画界へ。「第2の岸恵子」と騒がれる。京都の撮影所で大島と出会いデート重ね「この人を好きかも」。大島監督とのラブレター360通。監督独り立ち機に結婚。「日本の夜と霧」上映中止。夫婦で松竹退社、生活費に苦労。大島監督倒れ重い後遺症。自分もうつ病、自殺考える。「御法度」で監督復帰。夫婦でカンヌに招かれる。......こうした一方、小山さんは自己を見つめ、水泳、ヨガ、料理教室、一筆画教室などを楽しみ、前向きに人生に対処してきたというのが印象的である。

・11月5日の讀賣新聞は、文化欄をつかって、大島渚監督の著作集やDVD集の刊行・発売が、この秋相次ぐのに合わせて、大島作品にこめられた日本社会や映画界に対する問題提起に改めて向き合う好機との記事を載せた。その中で、著作集の編集と各巻の解説を手掛けた四方田犬彦さんは、大島さんの「体験的な意味での映画理論であり、映画体験記であり、戦後の一知識人の掛け値なしのドキュメンタリー」と絶賛している。映画監督の是枝裕和さんは「大島作品がもっていたような「毒」と茶の間にいる私たちを対峙させるような番組を期待したい。陶酔より覚醒を――。困難ではあるが、それがドキュメンタリーの持つ本来の力であり、役割だと僕は信じている。」と書いた。早速、僕は『大島渚著作集』(現代思潮新社)の第1巻を買った(実際は、秋篠が神保町の三省堂へ買いに行ってくれたのだが)。

・ご次男の大島新さんにも触れておきたい。昨年末、デビュー作のドキュメンタリー映画『シアトリカル?唐十郎と劇団唐組の記録』が公開された注目の新人監督である。1999年、フジテレビ退社後、フリーのディレクターに転身。「情熱大陸」ディレクター時代には、唐沢寿明、寺島しのぶ、見城徹や秋元康など10本以上を担当した。大島渚さんの息子らしい活躍ぶりである。

・『清流』の「小山明子のしあわせ日和」が、読者からの反響も大きいことから、早くも2年目の連載を決めたところである。お忙しい身でありながら、連載を快く引き受けていただいた小山さんには心からお礼を申し上げたい。大島渚監督と僕は、同じ年(1996年)に脳出血で倒れた。いわば闘病の戦友とでもいえようか。その後の生活が、妻という存在なくしてはあり得なかった。ここにも共通点があり、僕が他人事とは思えない所以である。

 

 

 

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