加登屋のメモと写真…: 2008年9月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2008年9月アーカイブ

出久根達郎さん 徳岡孝夫さんほか

清流出版 (2008年9月 1日 16:44)

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出久根達郎さん、藤野吉彦さん、藤木健太郎君、僕

・真夏の暑い夕暮れ、中野駅前の割烹『ふく田』で、作家の出久根達郎さん(右から二人目)を囲み、フリーの編集者・藤野吉彦さん(右)、藤木健太郎君(左)と僕とで、大いに美酒に酔い、語り合った。

・出久根さんは、これまで弊社から二冊の単行本を出させていただいた。『養生のお手本――あの人このかた72例』(1600円、2005年5月刊)と『下々のご意見――二つの日常がある』(1500円、2005年11月刊)である。好意的な書評も幾つか載ったこともあり、いずれも売行きは順調。今回は三冊目の企画で、タイトルも『ときどきメタボの食いしん坊』にほぼ決定した。いかにも面白そうな書名で、今から刊行が待ち遠しい。その前に恒例の人物紹介をしたい。といっても、出久根達郎さんのように多くの読書人から人気のある方を、今さらながら僕が紹介するなど愚の骨頂だと言われかねないが......。

・出久根さんは、ご存じ古書店家業をしながら書いた『古本綺譚』で作家デビュー、1992年に『本のお口汚しですが』で第8回講談社エッセイ賞を、93年に『佃島ふたり書房』で第108回直木賞を受賞した。その後も、2004年に『昔をたずねて今を知る読売新聞で読む明治』で第17回大衆文学研究賞特別賞を受賞するなど、数々の話題を提供して健筆を振るっている当代有数の人気作家だ。

・今回の『ときどきメタボの食いしん坊』(仮題)をもう少し説明すれば、まさに出久根さんの真骨頂が発揮されているエッセイ集である。いまやメタボ(メタボリックシンドローム、内臓脂肪症候群)といえば、世の男性のみならず女性からも忌み嫌われる言葉。そこを逆手にとって、出久根さんが、メタボどこ吹く風で、面白く、笑えて、かつしんみりともさせてくれる。読んでいただきたいので、ここで細部は明かせない。

・出久根さんが、優秀な企画マンでもあることを再認識した。というのも、アルコールが回るほどに、アイデアがこんこんと湧いてくるようで、尽きることがないのだ。我々も負けず知恵を絞ってアイデアを出し合ううち、いつしか企画会議になってしまった。内容に触れるわけにはいかないが、閉塞感漂うこの時代にあって、読者は明るいもの、希望のもてる読み物を求めているのではないか、という意見の一致をみた。閉塞状況にある日本社会に、希望の光を投げかける一書を提案されたが、ここに書くことはできない。今後、請うご期待である!

・当日、僕が大事に取ってあった古い小冊子『中央沿線 古書店案内図付、古書店名簿――東京都古書籍商業協同組合中央線支部発行 昭和五十三年改訂版』(頒価50円)をお見せした。この「高円寺」のページにかつて出久根さんが経営していた古書店、芳雅堂書店の名前がある。僕は10代後半から30代にかけて、毎日のようにリュックサックを背負って、早稲田界隈、神田神保町界隈、中央線界隈など、ありとあらゆる古本屋を巡り、古書を買い漁った。もちろん、芳雅堂書店でも、多くの本を買っている。出久根さんは懐かしそうに小冊子を開いて感じ入り、感慨にふけっていた。このように執筆者と触れ合い、親しい関係を持ち続けていることは、僕にとっては夢のようなこと。これからも著者とのこうした関係を大切にしたいと思っている。

・フリー編集者の藤野吉彦さんについても一言触れておきたい。札幌北高校から東京大学に進み印度哲学を専攻した俊才だ。仏教に造詣が深く、何冊かの本を出している。そのほか、『中村元選集』(春秋社刊、別巻を含め全40巻)の編集も手掛けている。わが社では、専ら編集者として協力してもらい、数多くの本を編集担当していただいた。話題が豊富で、この酒席でもさまざまな話題を提供して、座を盛り上げてくれた。今度出る出久根さんのエッセイ集『ときどきメタボの食いしん坊』(仮題)にも、藤野さんがイヌ年にちなんで書いた年賀状の英語のアナグラムが紹介されるはずだ。

・後日、丁重なる出久根達郎さんのお葉書(注1)をいただいて恐縮した。この日の高額な宴席代金は思いがけず出久根さんに払っていただいた。著者に出していただくのは筋違いであり、第一、出版社の社長として恥ずかしい。本が出来た暁には、盛大なる出版打上げ会をやり、今度は僕が持たせていただくと心に決めている。

(注1)

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徳岡孝夫さん、僕

・つい最近、弊社から刊行された『ニュース一人旅』の著者・徳岡孝夫さんと、一夕、出版打ち上げ会をやったところ、その数日後、徳岡さんから傑作なメールをいただいた。ご本人の承諾を得て、転載し、みなさんに供したい。
  ×       ×       ×       ×       ×

  清流出版 加登屋陽一様 松原淑子様     徳岡 孝夫 (浅虫温泉・某楼にて)

  金曜日は、たいへん結構な御馳走になり、有難うございました。酒も甚だ上等で、 心地よく酔わせて頂きました。酔いにまぎれて、松原さんにいろいろ失礼な行為を致しましたが、酒がさせたのです。どうかお許しください。

  あれから並木通りでタクシーに載りましたところ、運転手が「横浜の港南台でござ いますね」と訊きました。「おまえ、タクシー券を貰ったのか」と反問すると「はい」 との返事です。私は「それじゃ、青森の手前の浅虫温泉へ行け。道は財務省の役人を送ったときに知っておるだろ」と言うと、素直に「はい」と答えました。騎虎の勢い です。そのまま東北自動車道路を浅虫まで突っ走りました。いずれ請求書が行くと思いますが、宜しくお願い致します。

  湯煙立ち込める当地は、北国だけあって朝夕は涼しく、「東京で働いているヤツはアホかいな」と、思わず独り言が出ました。適当な芸者を一人、見つくろってもらい、 以後三日間酒池肉林で「一人旅」を楽しんでおります。聞ゆるは、ただ昼夜を問わず どうどうと鳴る青森湾の波の音だけ。命の洗濯とはこのことかと、満悦しております。

 しかし杯を置いてつらつら思うと、私がこのような天上の愉悦を味わえるのも、清流出版と御二方の御配慮あってのこと、せめて一言の御挨拶を申し上げるのが人倫に叶う道と思いつき、かくご報告を致す次第です。もし御羨望禁じ得なければ、東北新幹線にて合流してくださるのも、また一興かと存じます。宿は××楼。玄関に「徳岡孝夫様御遊興中」と書いてあるから、すぐ分かります。いかがでしょう、真夏の夜の夢に、皆様おそろいでお出でくださっては? また来月号でお目にかかりましょう。
匆々

・徳岡孝夫さんのウイットに満ちたメールに、ただただ、唖然茫然とするばかり。僕もできたら浅虫温泉であろうと、知床半島の羅臼温泉であろうと徳岡さんとご一緒に酒池肉林の、浮世の極楽を味わいたいのは山々だが、あいにく今月は上期の決算作業が控えている。無粋の僕は、猛暑で朦朧とした頭で洒落た言葉も見つからず、ついつい徳岡孝夫さんに気の利いた返事を出せなかった。

・だが、徳岡さんの『ニュース一人旅』は、ある意味で時代を超えた箴言集で、僕としては拙い言葉だが、宣伝をしたい。いわば『ニュース一人旅』の本は、兼好法師の『徒然草』、モンテーニュ『随想録』、アランの『プロポ』に匹敵する快著であると信じている。時代、社会を達観する文章で、三つの本と同様、「人間通の論」以上に同じ上質な香り、センスが漂っている。

・徳岡孝夫さんと一夕を過ごした銀座のレストラン「六雁」は、「いわかむつかりのみこと」(磐鹿六雁命)、いうなれば日本料理の始祖から取った名前の店。日本書記などに載っている料理の始祖、調味料の神様として祀られているとの由来を知り、一度訪れてみようと選定したもの。当日は、徳岡孝夫さんを囲んで、フリーの編集者・松崎之貞さん、担当の松原淑子副編集長、それに僕の四名が大いに語り、喋った一夕だった。

 

 

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荒井宗羅さん、大城さん、岡野さん、僕

・先々月の本欄にご登場いただいた山田真美さんが、我々清流出版の中老年不良仲間(臼井出版部長、藤木企画部長、僕)を、ある会に誘ってくれた。正式名は「オーストラリアワインとカウラ秘話の会」である。弊社から刊行した山田真美さんの翻訳『生きて虜囚の辱めを受けず――カウラ第十二戦争捕虜収容所からの脱走』(ハリー・ゴードン著)から発して、山田真実さんのカウラ事件を扱ったノンフィクション『ロスト・オフィサー』、さらに日本テレビ開局55年記念スペシャルドラマのカウラ事件を扱ったテレビ放映、という一連の世界に付き合った結果の行動である。

・今回は、そのテレビ放映(小泉孝太郎主演の『あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった――カウラ捕虜収容所からの大脱走』)と直接の関係はないが、カウラの大地に根付き収穫された葡萄から作ったオーストラリアワインと食事を楽しみ、山田真美さんの講演を聞くという趣向である。講演は、あのカウラ事件のテレビに出てこない真相を明かすとの趣意に賛同した我々が、神楽坂のこじゃれたレストラン「s.l.o」に参集したという次第だ。

・当日は、オーストラリア政府の貿易担当官や在日大使館の商業担当公使として活躍し、いまは高名なワイン評論家のデニス・ガスティンさん、オーストラリアワインと食品インポーターの唄(ばい)淳二さんとお二人の挨拶に続いて、ワインを楽しみつつの会食となった。そのあと何も知らない人にもわかりやすく、真美さんが手際よくカウラの話をしてくれた。

・この席で久しぶりに荒井宗羅さん(左)と再会した。弊社から『和ごころで磨く』(1997年6月刊)を出させていただいた著者である。聞くと、真美さんは宗羅さんに茶道を教えていただく師弟関係の間柄とのこと。多分、お二人は相前後して弊社から著書を出しているので、お互い気になる存在だったはず。編集者の大城さゆりさん(右)と岡野知子さん(右から二人目)が両者を引き合わせたのだと思う。僕のまったく知らないところで、「友達の輪」が出来たに違いない。

・お会いして、あの時、大盛況だった宗羅さんの出版パーティのことを思い出した。船井幸雄さん、竹村健一さん、ジェームス三木さん、細川隆一郎さん、浅草寺の京戸慈光師、渡部昇一さんをはじめ、綺羅星のごとく荒井宗羅ファンが押しかけた。当時、僕は第1回目の脳出血をして半身不随の身であったが、発症して1年ほど経った1997年7月には、皆さんとともに荒井宗羅さんの出版記念パーティ(注2)をやれるほどにまで回復していた。以来、まずまず生かされている! 感謝せねばなるまい。

(注2)

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