加登屋のメモと写真…: 2008年7月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2008年7月アーカイブ

三戸節雄さん 堀尾真紀子さん 仙名紀さん

清流出版 (2008年7月 1日 15:58)

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  • "炎のジャーナリスト"三戸節雄さん(左)が、面白い方を紹介してくれた。林溪清さん(右)である。『F1の秘密――マシンの超技術から、レースの裏側まで』(PHP研究所刊)の著者だが、この本は昨年発売して以降、順調に売り上げを伸ばし、累計4万7000部になっていると聞いてびっくりした。
  • 欧米では、F1(FORMULAR ONE)はモータースポーツの花。圧倒的な人気を誇っている。例えば、F1会場には1日で約40万もの観客が集まる。プロ野球が人気球団同士のカードでも、入っても5万人強がせいぜい。その8?10倍の集客力がある。それに引き替え、日本人はF1にそれほど興味をもっていないのではと思っていたが、林さんの本の売上実績を見て、僕も改めてF1のことを知りたくなった。
  • 欧米との彼我の差は自動車レースが文化にまでなっているかどうか。日本ではどうしても暴走族と自動車レーサーがリンクしてしまっていて、文化にまで昇華されていない。モータースポーツが文化になるためには、もっともっと楽しめるスポーツとしての啓蒙活動が不可欠だと思われる。林さんもそんな一助となるような本を出したい意向を持っておられた。
  • その日偶然にも、林さんが親しく付き合い、見守っているという日本人ドライバーの快挙の報が届いた。若き勇者・武藤英紀さん(25)である。米アイオワ・スピードウエーでのインディカー・シリーズ第8戦で250周の決勝レースが行なわれ、武藤さんは7位スタートにもかかわらず驚異的追い上げで、日本人ドライバーとして史上最高位の2位に入ったのである。英国のダン・ウェルドンが1時間38分36秒で優勝したが、武藤英紀はウェルドンに遅れること僅か0.1430秒差。これがいかに素晴らしいものか、林さんの熱弁ぶりで心地よく響いた。
  • 武藤英紀さんの実家は築地魚河岸で4代続く老舗「布袋寅」という鮮魚仲卸商を営んでいる。中学卒業後、夢だったレースの魅力にとりつかれ、すぐに両親に頼み込んで渡英を果たす。弱冠15歳の旅立ち。いろいろ苦労した末に、カートレースで腕を上げ、レース勘を磨いた。その間、祖父にまで無理を言って援助してもらい、やれることを全部試して夢破れたら、家業を継ぐという覚悟だった。武藤さんとは肝胆相照らす仲の林さん。丸秘情報をここで明かすわけにいかないが、もろもろの話を聞いて、写真を多用したムック形式の刊行物にしたいと思った。インディカー・シリーズの歴史紹介と、武藤英紀の魅力紹介を絡めて、つまり武藤さんを横軸に、インディカー・シリーズを縦軸にほぼ100年、自動車レース1世紀とある前途あるドライバー誕生の物語を展開してもらう。多分、門外漢の人たちにも面白く読んでもらえる企画となるに違いない。
  • わが社から二冊刊行している三戸節雄さんの次回作は、すでに構想の段階を終え、パソコンに着々と資料類、プロット、メモ等を打ち込んでいる。恐らく、来年夏の刊行で、主にトヨタとホンダの二大自動車メーカーを取り上げることになろう。グローバリズム・マネジメントを論じ、合わせて日本の知的文化、産業、政治、社会等の近未来を論じるはずだ。三戸さんはわが国の未来を案じ、その関心領域は幅広くかつ奥深い。よく話に出てくる脳科学者・茂木健一郎さんに似て、三戸さんの不断の問題意識と探究心は素晴らしい。僕にとって刺激的なジャーナリストのよき先達である。
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  • 月刊『清流』2005年4月号で「わたしのおすすめこの10館 個人美術館」を執筆していただいた文化女子大学教授・堀尾真紀子さん(写真)が来社された。今回は単行本の企画で、仮題『"わたし色"を重ねる』。仕掛け人は僕が信頼している外部編集スタッフの野口徳洋さん。担当編集者は『清流』の長沼里香である。
  • 堀尾真紀子さんとは旧知のように話が弾んだ。かつて堀尾さんが司会したNHK教育テレビ「日曜美術館」が、僕のお気に入り番組だったこともある。また、お話ししていてわかったのだが、共に1969?70年の二十代の日々に、パリで過ごした経験を持っている。こんな共通点があったことで、より一層親しみが増したように思う。
  • 仮題『"わたし色"を重ねる』のシノプシスとして、「紫の章」(大人の女性が憧れる色)、「赤の章」(情熱の女性画家 フリーダ・カーロ)、「白の章」(妻として母として、女を生きる)、「橡(黒)の章」(染めと織りに託す女と男の想い)以下、いずれも僕が読みたい内容で、期待に胸を膨らませている。
  • 当日、堀尾さんはご著書『画家たちの原風景――日曜美術館から』(日本放送出版協会刊)を持ってきてくれた。野口徳洋さんはその中の一章「神秘の黒」を真っ先に読んでほしいと言った。その章は、銅版画家・長谷川潔を扱ったもので、まさに若き日、美術評論家・堀尾真紀子さんが誕生し、情熱を持って対象に食い込む姿が活写されている章だった。画家・長谷川潔が故国(日本)への望郷の念やマニエル・ノワール(黒の様式)復活に苦闘する描写は素晴らしい出来栄えである。
  • 堀尾さんとお会いした翌日に送ってくれたご著書『フリーダ・カーロ 引き裂かれた自画像』(中央公論新社刊)がまた印象に残る本だった。カラー口絵8ページ、巻末に横尾忠則さんとの対談が入った、本文約230ページの本だが、一気に読んでしまった。フリーダ・カーロ(1907?1954)を軸として、当時のメキシコの歴史(革命、政治など)、文化潮流(とくに画壇)、親しく付き合っていたディエゴ・リベラ、イサム・ノグチ、レフ・トロッキーなどの的確な人物描写によって、僕の蒙を啓かせていただいた。これより数ヶ月前、ジュリー・テイモア監督の映画『フリーダ』を見て、主演サルマ・ハエックの名演技に感心していた僕だったが、堀尾さんの本のお蔭でストーリー展開の機微が分かり深く理解できた気がする。
  • 寄贈本二冊で共通して感じるのが、美術評論家・堀尾真紀子さんが興味のある人物、場所をとことん追究する姿勢である。長谷川潔やフリーダ・カーロの場合も、住まいや生家、作品の収蔵美術館、博物館等を訪ね、徹底して対象を解明、掘り下げてゆく。まさに「研究者魂」を遺憾なく発揮していらっしゃる。今回のわが社の本も、堀尾さんの真骨頂をと期待している。
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  • わが社刊行の『フジ子・ヘミングの「魂のことば」』などを仕掛けた宣田陽一郎さん(左)がカメラマンの富山義則さん(右)と一緒に来社された。宣田さんの今回の提案はシーボルトがらみと聞いてビックリ。シーボルトと言えば歴史で習った「シーボルト事件」しか思い浮かばない。禁制の日本地図を帰国の際、所持したかどでシーボルトが国外追放の処分を受けたことは知っていた。今から二世紀以上前の話だ。
  • だが、今回はボタニカルアートに関する企画だという。僕は急遽パソコンに向かった。そして、シーボルトの『フローラ・ヤポニカ(日本植物誌)』周辺の企画であることが分かった。日本人の好む植物(例えばアジサイ)をシーボルトは丹念に系統立ててスケッチし、実に見事なカラー図録として残している。その貴重な原資料がロシアの植物図書館に眠ったままだった。その作品群を富山さんはサンクト・ペテルブルグまで出かけ、全部撮影していたのである。この素晴らしいアートのエッセンスを読者に伝えるべく、弊社から出版してみないかとの企画提案だ。僕は若い頃、紫陽花(アジサイ)には特別の思い出があり、大いにそそられた。宣田さんは早速、サンクト・ペテルブルグにあるコマロフ植物図書館のタマラ・チェルナヤ女史へ連絡を取ってくれた。
  • 数日後、話は変わって飯島晶子さんの招待で「第六回 朗読の日」(銀座・博品館劇場)の公演を観た。招待してくれた飯島さんは、弊社から『声を出せば脳はルンルン』を出しているが、この方も宣田さんに紹介してもらった。飯島晶子さんはきむらゆういち作『あしたのねこ』を朗読された。その絵本の絵を描いた全盲イラストレーターのエムナマエさんと奥様が会場へ来られて、われわれ夫婦も挨拶を交わした。
  • 公演が終わった後、居合わせた宣田さんと軽い食事を摂りながら話をした。その時、シーボルト関連でかつてお世話になったタマラ・チェルナヤ女史が今も健在で、今回の刊行に全面的に支持するとの最新情報を披露してくれた。宣田さんは、そのタマラ・チェルナヤさんを紹介する記事を月刊『清流』に三ページほどで、シーボルトの美しいカラー図録と貴重な資料がなぜロシアにあったのか、ひいては日露交流の不思議さを執筆したいという。僕は出版するタイミングに合わせてだったらよいと返事をした。
  • シーボルトのことを僕はあまり知らなかったが、妻は意外とよく知っていた。アジサイのことはもちろんだが、歴史のことやシーボルト・スパイ説もよく知っていたので宣田さんとの会話もスムースであった。これを見ていて、主婦向けにこうした企画もまんざらでもないなと思った。
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  • 久しぶりに山田真美さん(左)が訪ねてくれた。かつて弊社から『生きて虜囚の辱めを受けず――カウラ第十二戦争捕虜収容所からの脱走』(ハリー・ゴードン著 山田真実訳)、『インド大魔法団』の二冊を刊行してもらった方である。その後、彼女はインドに長く滞在し、帰国してからは幻冬舎などでベストセラーを出す存在になった。『プースケとパンダの英語でスパイ大作戦』(幻冬舎刊)は主要な新聞に全面カラー出版広告が出て驚いた。『3歳までに英語の種をまきなさい――バイリンガル育児バイブル+インターナショナルスクール案内』、『死との対話』(いずれもSPICE刊)なども出版している。とくに後者の本は巻末に特別インタビューとして、「ダライ・ラマ、死を語る」の項を設け、法王と対話しており注目の書である。
  • 今回、山田真実さんが訳出した弊社刊行の『生きて虜囚の辱めを...』企画にまつわる件でお耳に入れたいとのこと。早速、お会いしてみると、7月8日(火)21時から日本テレビ開局55年記念スペシャルドラマ第2弾で弊社刊行の単行本を原作として、『カウラ捕虜収容所からの大脱走』を放映するとのこと。長年来の夢であった弊社の本に纏わる企画がドラマ化するとは! でも残念ながらすでに絶版扱いになった本である。
  • だが、配役を聞いて興味をそそられた。前首相小泉純一郎の長男・小泉孝太郎主演、共演が大泉洋、阿部サダヲ、加藤あい、山崎努......。そして、「anego」「ハケンの品格」で知られる中園ミホさんが脚本を担当したという。山田さんと中園さんは親しい間柄で、この番組について山田真美さんは色々とアドヴァイザーを果たしたという。それ以上に、僕は加藤あいのかねてから熱心なファンだっただけに、このドラマは見逃せない。本番の番組名は『あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった――カウラ捕虜収容所からの大脱走』と、いささか内容とミスマッチでうなずけないが、戦争を直視する企画で必見だと思う。
  • 筋立ては、1944年、オーストラリア・シドニーから西へ約330キロ離れたカウラという小さな町に連合軍捕虜収容所があった。そこに1104名の捕虜が収容されていた。その中の一兵卒の朝倉(小泉孝太郎)たちが名誉の死のために脱走を計るか、賛否の投票を行なう......(あとは略)。今の平和ボケした時代、日本人にどうとられるか? 放映が待ち遠しい。
  • 後日談がある。山田真美さんが、せっかくだから以前担当した編集者・岡野知子さんとまたお会いしたいとおっしゃった。旧姓・北上知子さんはわが社を辞めてからN新聞社、A新聞社、K社へとステップアップし、しかも僕と年賀状を毎年交わす仲。僕も会うのに賛成。相談すると、岡野知子さんと仲良しだった同じく辞めた大城(旧姓・吉川)さゆりさんも呼べば楽しいと意気投合。
  • 一週間後、美女三人と我々清流出版の中老年の不良どもがお相手してすることとなった。(注1)大城さんのご主人・大城英司さんが『ねこのひげ』という映画で主演し、『ゴールデンウィーク中の「週刊新潮」で映画評論家・白井佳夫さんがこの作品に83点をつけ邦画のトップだったでしょう』と僕が言ったら、彼女は嬉しそうな表情を見せた。その大城さゆりさんは今人材派遣のP社でジョブカウンセラーに就き、超多忙だそうだ。著者とご両人に会い、臼井、藤木両君ともども一献傾けた。岡野さんと僕は沖縄の幻の泡盛『島想い』を何杯もあけた。著者の山田真実さんが名オルガナイザー役を発揮し、旧交の絆をしばし温めた一夕だった。
  • (注1)

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    ・かつてお付合いをした翻訳者の仙名紀さん(右)と久しぶりにお会いした。仙名さんは、元朝日新聞社の編集者で、数々の名翻訳を手がけ、とくにノンフィクションものを得意とする貴重な人である。僕は、前の出版社で『ディズニー・タッチ――王国を建て直した経営の魔術』(ロン・グローヴァー著)の翻訳をお願いした。当時、僕はM&Aの本をいろいろと漁っていて、時局を得た一冊で記憶に残っている。M&Aのターゲットにされ、倒産の危機に瀕していたディズニー王国を扱った内容で、奇跡的カムバックを成し遂げた内幕を仙名さんに訳していただいた。

    ・今回は、H.P.Jeffersの『Diamond Jim Brady――Prince of the Gilded Age』(John Wilery & Sons,Inc. 2001) という作品を依頼した。仮題は『大物財界人ダイヤモンド・ジム、肥えて悪いか!』と、現在は呼ばせてもらいたい。原書は368ページもの大著。この翻訳は、最初、徳岡孝夫さんに頼んでいたが、目がどんどんお悪くなって、急遽、毎日新聞社OBの徳岡さんから、朝日新聞社OBの仙名さんへバトンタッチしていただいた。

    ・その間の経緯を仙名紀さんがご自分の『トリビア・ジャーナル』でこう書いている――≪徳岡氏とは、何回も接点がある。彼のほうが6歳年長だが、私が「週刊朝日」、彼が「サンデー毎日」にいたころ、このライバル週刊誌同士の草野球定期戦が春秋の2回あって、徳岡氏は敵のキャッチャーだった。私の背番号は6。足が速かったから、外野が多かった。その後、徳岡氏とはイスラエルやベトナムの取材でも顔を合わせた。だが、別にそのような義理があったのが理由ではない。清流出版のオーナー加登屋氏が双方を知っていて、このリレーに固執したからだ。悪い本ではないのだが、日本でショーバイするにはシンドイ本だろうという予感がする......≫。いやー、仙名さん、すみませんでした。

    ・この話を進めながら、仙名さんには後日、もう一つ別の翻訳をお願いした。世界の長寿地域ルポものでDan Buettnerの『The Blue Zones』(National Geographic, 2008)である。仙名さんが原書のレジュメを送ってくれ、時代の風潮にぴたりと合う内容だった。僕がさっそくイングリッシュエージェンシーの澤潤三さんにオファーを出した。だが先に手を挙げた出版社があって難しかったが、清流出版の熱意が通り版権取得に成功した。合わせて二冊、同時に仙名さんへ進めていただく。感謝、感謝!

     

     

     

     

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