加登屋のメモと写真…: 2006年12月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2006年12月アーカイブ

秦万里子さん 小西正捷さん 小野田町枝さんほか

清流出版 (2006年12月 1日 11:52)

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  • 作曲家の秦 万里子さん(中央)。月刊『清流』12月号の「この人に会いたくて」欄に登場された。編集担当した長沼里香が編集者の鋭い勘で、秦さんの単行本を出せば売れる、ぜひ出版したいと僕に直訴してきたので、単行本化を進めることになった。その顔合わせを兼ねた打ち合わせに、ご本人たちに会社までお越し願った。
  • 長沼は、まず編集部内に秦さんファンを作ることから始めた。秦さんが出演するスカイサロンのライブコンサートを藤木企画部長、臼井出版部長に見てもらったのである。実際に足を運んで、その面白さ、楽しさを実感してもらうことで、企画の可能性を確かめたのだ。僕はあいにく都合が悪く見に行けなかったが、地道な手続きを踏む進め方に感心した。それだけに期待も大きい。
  • 秦さんはいまや主婦感覚で、喜怒哀楽を即興的に歌にし、「NHKおはよう日本」などTVでも取り上げられている。全国的にもフィーバー直前で、知っている方も少なからずいると思う。幼少の頃、音楽史の年表に女性の作曲家がないことに憤慨し、自ら作曲の道を選んだという方だ。
  • 国立音楽大学ピアノ科に学び、卒業後、ボストンに留学し、ジャズを学ぶ。帰国後、育児に専念、その間、子どもの曲がどんどんたまり、作曲作業を再開したという。主婦感覚の歌を持ち歌に、作曲して、弾いて、歌って、しゃべっての多芸多才ぶり。コンサート会場は、爆笑の渦とともに盛り上がっているようだ。
  • 秦さんは、「日常生活に忙しい主婦」「子育て真っ只中のママ」「子育て卒業の母親」「ミドルエイジの夫婦」「時間に余裕ができたシニア層」がターゲットというから、コンサートには女性の生活実感、主婦の本音、家庭の喜怒哀楽......が満ち満ちている。
  • こういうコンセプトを秦さんと作り、側面からマネージしているのは「NYパワーハウス」社の代表者・中村裕子さん(右)である。今日は社員の中川ひろこさん(左)も連れて来られた。中村さんは、5年前、長年住んでいたニューヨークから帰国した後、秦さんの素晴らしいパワーを広く世の中の人たちに知ってほしいと会社を設立、応援を続けている。
  • 来春、秦さんのCD発売も考えているというが、わが社の単行本とどちらの方が先かで、議論が大いに盛り上がった。
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  • ある日の午後、銀座の鳩居堂で開催中の絵手紙の創始者・小池邦夫墨絵個展を見に行き、しばし素晴らしい墨絵の世界(写真)に浸った。
  • つい最近、わが社から『神様が宿る絵手紙!――徹クン、君の画に惚れたよ』(小池徹・小池邦夫編)を刊行したばかり。その本の売れ行きも心配だったが、巷間囁かれる絵手紙ブームの実態を知りたい気持ちもあった。現代日本の人たちがどのような興味を示しているのか。銀座のど真ん中で行われた、小池邦夫さんの個展は、その意味で格好のイベントであった。お昼時だったが、会場は中年女性が多数詰め掛けて、熱気に溢れていた。
  • 会場の一角に、小池徹くんの絵手紙コーナー(注1)も設けられ、わが社の本にも収録した絵手紙の実物が鑑賞できるようになっていた。その徹さんは、昨年、35歳という若さで癌に侵され鬼籍に入られた。本当に惜しい人を亡くした。わが子に先立たれる悲しみ、小池邦夫さんの胸中は察するに余りある。
  • 小池邦夫さんは、当日、会場の隅の小部屋で素晴らしい書を見せてくれた。「米山」の書である。小池さんと同じ松山出身の三輪田米山という書家にして神官である。型破りともいえる自由な筆と気宇壮大な字が、見る者の度肝を抜く。米山については、静かなブームになりつつあるというが、小池さんの入れ込みぶりも凄い。僕も直感的に、これは企画になるはずという想いがした。この日、お昼ご飯を銀座で食べたが、米山の書がチラチラして気持ちも高ぶり、ことの外食事も美味に感じられた。
  • (注1)

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    小池徹君5,6歳の頃の絵手紙(右上は死の前年の写真)

     

     

     

     

     

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  • 立教大学名誉教授の小西正捷さん(前列右)と写真家の沖守弘さん(前列左)。小西さんと沖さんは、かつて『インド・大地の民俗画』(未来社刊)を共著で出した間柄。インドの伝統文化をヴィジュアルに紹介する優れた企画である。主に、学術的な説明文を小西さん、写真を沖さんが受け持ち、7,140円という高価格本である。
  • インドに魅せられたお二人は、小西さんが1962年から、沖さんが1971年から現地に何度も赴き、研究、滞在、旅行を続け、いまやインド人よりインド通になった。特に沖さんは、地図にもないような部落に入り込んで写真を撮り続けてきた。こんなことは、インド人には考えられない。というのは、カースト制度が残るインドでは、階層の違う部落に入ることはあり得ないからだ。
  • 小西正捷さんが『インド民俗芸能誌』『図説・インド歴史散歩』『インド・道の文化誌』『インド民衆の文化誌』『インド民芸民俗のかたち』......等の著作、沖守弘さんがインドのとりことなったきっかけとなったマザーテレサの数々の写真集をはじめ、『インド・祭り・INDIA――沖守弘写真集』『原始仏教美術図典』等の著作に成果をまとめ、お二人のインド関係の刊行物もどんどん増えている。
  • 小西さんは、現在の肩書きである立教大学名誉教授の前は、法政大学に勤務していた。住まいは千葉県の香取市一ノ分目。成田空港に近いから、知り合いのインド人が来日すると、自宅に呼んで一泊させ、得意のカレー料理を振る舞うのが定番だとか。小西家のカレーは本場のインド人もビックリする美味しさだという。おまけに住まいの香取市一ノ分目は、地図でご覧いただけたらすぐにわかるのだが、目の前は満々と水を湛えた利根川が流れている。「オーッ、ガンジスが!」と絶句されることもあるとか。
  • 沖さんは、胃がんのため、胃の大半を切除された。だから酒は飲めないが、新宿のゴールデン街に週2回位、通っているという。われわれ清流出版の連中も知っている「花の木」というバーの常連である。そこの客層は、ジャーナリスト、作家、ルポライター、出版関係者、大学教授、高校の先生、年齢に関係なく知的に探究心のある人々が多い。沖さんは自宅からバス一本で来られる利便性もある。ママと常連の会話も楽しいとなれば、通いたくなるというのもむべなるかなだ。
  • わが社で出す企画『知られざるインド――儀礼芸能とその造形』(仮題)の話が、この日の話し合いで目処がついて、後は最後の写真選びと小西さんの解説文の出来上がりを待つばかり。小西さんはこの仕事の前に一本、仕上げればならない他社の企画がある。また来春には、沖さんはパリのユネスコに写真展を委嘱され、渡仏しなければならない。お二人ともお忙しいでしょうが、身体に気をつけて、わが社の仕事を完成してくださることを祈りたい。
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  • わが社から『マンハッタンのKUROSAWA――英語の字幕版はありますか?』を刊行したばかりの平野共余子さん(右)が、フリーの編集者・高崎俊夫さん(右から2人目)とお見えになった。この本を装丁したデザイナーの西山孝司さん(左から2人目)を交え、話がまさに佳境に入ったところだったが......。
  • 博覧強記の名物男である明星大学教授の正慶孝さん(左)が、突然、現われた。こうなると平野さんの本をサカナに、正慶さんのご高説を拝聴するというのが至福の時だ! お二人の仕事、背景を簡単に紹介すると、果たして正慶さんの薀蓄のある話が始まった。
  • その前に、平野共余子さんのニューヨークからお土産に触れなければいけない。全員に、「NEW YORK CITY STRAND 18 MILES OF BOOKS」のバッグをくれた。有名な古本屋「STRAND」のロゴ入りバッグである。黒の地に、赤と白抜きの文字が鮮やかに浮かび上がり、目立つこと! 僕はとっさにアメリカ映画の『8 Mile』を思い出した。白人ラップ・アーティスト、エミネムのサクセスストーリーである。デトロイトに実在する白人と黒人社会の境界線「8 マイル・ロード」を映画のタイトルにしたのだが、平野さんのくれたバッグはそれより10マイル多い「18 マイルズ・オブ・ブックス」。聞くと、書棚の長さが18マイルもある本屋だ、との意味だとか。このエスプリの利いた書店に脱帽した。
  • 11月26日(日)の日本経済新聞の読書欄に「あとがきのあと」(注2)というコラムで、平野共余子さんが登場された。本書の成り立ちから特長、文化的意義が強く感じられ、よい紹介記事となっている。日経さん、早々に紹介してくれて、有難う!
  • (注2)

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    日経新聞2006年11月26日(日)読書欄に掲載の「あとがきのあと」から

     

     

     

     

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  • わが社の来客歓迎方式は、会合がバッティングすることがしばしばだ。随時、異分野交流会合が珍しくない。人によっては、馴染まない方もいても、一向に差し支えない。むしろ僕の好むところだ。今日は、前項の平野共余子、正慶孝、高崎俊夫、西山孝司各氏の会合の後、今度は、小野田町枝、三戸節雄、斎藤勝義の各氏を迎え、連続して5時間以上の話合いをした。
  • 『私は戦友になれたかしら――小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年』の著者・小野田町枝さん(前列中央)の話から始まった。それによると、町枝さんが、今回、「日本女性の会」の会長を引き受けることとなったという。その会は全国に組織を持ち、日本会議を母体に『美しい日本、誇りある日本の国づくり』を目的として活動している団体である。その5周年にあたり、シンポジウムを開催し、同時に小野田町枝さんの新会長就任の発表会が行なわれることになったとの由。
  • まずは、おめでたい話である。町枝さんは、会長就任の話は辞退したいという気持ちのほうが強かったというのだが、運営委員諸氏のたっての要望もあり、僭越を顧みず引け受けたという。この話は、公平に見て、僕は適材適所という気がする。町枝さんのアイデアと実行力は並々ならぬものがあるからだ。
  • 「日本女性の会」の目指すものとして、?日本の家庭を築こう ?子どもたちの豊かな感性を育てる学校にしよう ?国や社会に尽くす女性の力を集めよう、の3点がある。いずれも大事なことと思う。ぜひとも成功するようお祈りするとともに、微力ながらお手伝いしたい。
  • 次に、三戸節雄さん(右)。『日本復活の救世主――大野耐一と「トヨタ生産方式」』の著者である三戸さんは、「炎のジャーナリスト」の異名の持ち主である。鋭意、次回の作品『大野耐一さん、「トヨタ生産方式」は21世紀も元気ですよ』を仕上げるのに熱心だが、その合間に、別件で僕がお願いをしたことがある。
  • 斎藤勝義さん(左)経由で持ち込まれた『Web 2.0時代の異文化交流術』(可児鈴一郎、羽倉弘之共著)という企画をご覧になって、忌憚なき感想は?――僕がお願いした件である。「Google」を使いこなしている三戸さんなら、一定の反応があるはずだという狙いがピタリ的中して、この上ない上質のレポート、解説がこの日繰り広げられた。2ページに集約されたレポートを読んで、唸った。詳細は省くが、いまどきこれほど誠実かつ正確なリアクションが出てくると想像していなかった。感謝、感激で言葉もないほどである。
  • レポートの最後に、「今後の一年、二年、ベストの執筆者、数名を揃えた編集体制を整えて、好著を連打すれば必勝疑いなし。困難だが夢のある領域だ。21世紀ジャーナリズムの企業家であるならば、決して見逃してはなるまい」とまとめの言葉があり大発奮させられた。
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  • 人類学者で立教大学名誉教授の香原志勢さん(右から二人目)と文筆家の阿武秀子さん(右)が来社された。
  • お二人は今日が初対面。香原さんは2月にわが社から『死と生をめぐる思索』を刊行されたが、この本はそれから間もなく、NHKのBS放送『週刊ブックレビュー』で取り上げられた。そのとき、この本をイチオシのおススメ本として紹介してくれたのが、当日、ゲストでテレビ出演した阿武さん。香原さんは、その阿武さんに会って、ぜひ取り上げてくれたお礼を言いたいということで、今回の対面が実現したのである。
  • ここで少し阿武さんの経歴についてふれておきたい。阿武さんは早稲田大学で日本文学を専攻。卒業後、広告・出版社を経て、フリーランスのライターや編集者として活躍された。その後、数年前から私立の中学校と高等学校で国語の講師を務めている。講師に携わるようになった当初は、松尾芭蕉の「おくのほそ道」と百人一首を教材に使ったという。
  • この日も、ご自身初の単行本となる『人に話したくなる百人一首』という本を持参され、同席した臼井出版部長(左)や野本博君(左から二人目)に贈呈してくれた。学校の授業では、香原さんのお書きになった『木のぼりの人類学』(都市という立体構造の森に棲む人間の生態を、街の中から見つめ、考える観察学の名著)という本を教材に使ったこともあるという。
  • 阿武さんは国語が専門ということもあり、目下の関心は"言葉"の問題。たとえば、若者たちがよく使う"ラ抜き言葉"。文法を分析すると、この"ラ抜き言葉"は、すでに平安時代に動詞の活用として使われていた言葉で、今使われている言葉の語源をたどり、日本文化の伝承性と、その言葉の奥にある歴史的な薀蓄を伝えたいという。僕はこの阿武さんのテーマに惹かれ、なんとかわが社の企画に乗せたいと思った。
  • 一方、香原さんも『顔の本』を持参された。香原さんは日本顔学会の前会長で、この『顔の本』は、人類学者の目を通して、顔の持つ本来の役割・意味を興味深く考察したユニークな書である。こちらもまた、先生にあらたに加筆していただいて改訂版を出したいと思っている。おいしいワインが潤滑油になったこともあってか、お二人は初対面とは思えぬように会話が弾んだ。僕は今宵の出会いを大切に、さらにお二人とのこのご縁を大事にしたいと思った。
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  • 画家の森田健二郎さん(左)。編集担当した松原淑子副編集長とお会いした。月刊『清流』12月号で第2特集「大人も夢中 楽しいぬりえ」をやった際、森田さんにオリジナルぬりえの作り方や上達法を聞いた。森田さんによると、実は意外と簡単に自分でぬりえの下絵を作ることができるという。そうしたノウハウを伝えるのがご自分の使命と心得ておられる由。
  • 森田さんのホームページを見ると、誰でもぬりえをしたくなる。まず、撮った写真から、絵にしたい部分をトリミングする。そうして、ぬりえの構成を決めて、拡大コピーをする。カーボンを使ってトレースの準備をする。トレースする。これでぬりえの下絵が完成である。それに色をぬる。これだけである。いとも簡単にオリジナルぬりえを作ることができるので、僕もやってみたくなった。詳しくは、月刊『清流』12月号を買って、第2特集「大人も夢中 楽しいぬりえ」を見てください。
  • 森田さんは昭和18年生まれで、団塊の世代より少し年長だが、会社を早めに退職し、この画家という道を選んだ。その前は、バリバリの電通マンで、グラフィックデザイナー、アートディレクターとして広告制作に従事し、朝日広告賞、毎日広告賞、ADC賞など受賞した経験もある。4年前、電通EYE専務取締役の仕事を辞任し、以後、絵の世界に専念するといういわば、団塊の世代の生き方を先取りした方だと思う。『「トレース水彩画」入門』(アーティストハウス刊)、『大人が楽しむぬり絵』(池田書店刊)などの単行本を出すほか、雑誌などの連載、カルチャースクールの講師も務めていらっしゃる。
  • わが社では、こうした活躍中の森田さんに「トレーススケッチ画法」を使ったぬりえのレッスン帖(ドリル)を刊行したいとお願いしている。本ができた暁には、身障者の僕も「ぬりえ」の世界に、左手一本で挑戦したいと思っている。
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  • わが社から、近く『唱歌の散歩道――日本人の心のふるさと』を刊行される石井昭示さん(左)とカバー装丁を担当した加藤俊二さん(右)が、下版作業のため来社された。
  • この本は、「蛍の光」「夏は来ぬ」「荒城の月」「朧月夜」等々......といった、数々の歌い継がれてきた「日本人の心のふるさと」である唱歌の魅力を再認識してほしいとの願いで、石井さんが編んだものである。
  • 明治、大正、昭和の代表的唱歌55曲を年代順に取り上げ、その歌詞の意味や時代背景、当時の風俗などを解説する。
  • 石井さんは、明治大学文学部を卒業、東京都小学校教諭を経て、文京ふるさと歴史館に勤務。松戸童謡の会前会長。主な著書に『越前北谷物語』(木犀舎刊)、『文京ゆかりの作詞・作曲家―唱歌・童謡―』(文京区教育委員会刊)、『水上学校の昭和史』(隅田川文庫刊)などがある。
  • 石井さんの娘婿は、いまをときめく総理大臣安倍晋三氏の側近の一人で、テレビなどによく出てくる内閣官房副長官の下村博文さんという。今年最後の場所となった福岡での大相撲九州場所でも、千秋楽で内閣総理大臣杯を安倍さんの代理として授与したのがこの人であった。
  • 加藤俊二さんは、デザイナーとして、野本君とは古い付き合いで、阿吽の呼吸で仕事が進められる。今回も、唱歌の魅力を感じさせるよい装丁をしてくれた。感謝している。
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