加登屋のメモと写真…: 2006年7月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2006年7月アーカイブ

桃井和馬さん 鈴木民子さん 岳真也さんほか 

清流出版 (2006年7月 1日 10:27)

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 わが社から今年2月に刊行した『死と生をめぐる思索――石となった死』(香原志勢著)は、各誌紙、NHK BS2の「週刊ブックレビュー」などで続々書評に取り上げられたが、その一つに月刊『望星』(東海教育研究所)7月号がある。書評を書いてくれたのは、フォト・ジャーナリストの桃井和馬さん(写真)。著者の香原志勢さんの亡くなったご子息・知志さんと桃井さんは、かつて野本博君の勤めていた会社「エス・プロジェクト」で、仕事を通じて付き合った仲間である。お礼を述べたくて、月刊『望星』の書評が出てすぐに、野本君を煩わせて、桃井さんにわが社に来ていただいた。
 桃井さんは自著『辺境からのEメール』(1999年 求龍堂刊)という本を持参して見せてくれた。この本は、同じく早世したKさんという友に語るべく、刊行の時点で15年間も延々と書き続けてきた原稿をまとめたもので、地球の憂うべき現状をあの世の友に伝えたい気持ちで書いたものだという。今回の わが社から今年2月に刊行した『死と生をめぐる思索――石となった死』
(香原志勢著)は、各誌紙、NHK BS2の「週刊ブックレビュー」などで続々書評に取り上げられたが、その一つに月刊『望星』(東海教育研究所)7月号がある。書評を書いてくれたのは、フォト・ジャーナリストの桃井和馬さん(写真)。著者の香原志勢さんの亡くなったご子息・知志さんと桃井さんは、かつて野本博君の勤めていた会社「エス・プロジェクト」で、仕事を通じて付き合った仲間である。お礼を述べたくて、月刊『望星』の書評が出てすぐに、野本君を煩わせて、桃井さんにわが社に来ていただいた。
 桃井さんは自著『辺境からのEメール』(1999年 求龍堂刊)という本を持参して見せてくれた。この本は、同じく早世したKさんという友に語るべく、刊行の時点で15年間も延々と書き続けてきた原稿をまとめたもので、地球の憂うべき現状をあの世の友に伝えたい気持ちで書いたものだという。今回の『死と生をめぐる思索――石となった死』
を書評に取り上げてくれたのも、同様に香原知志さんとの熱き友情の賜物だと思うが、いつまでも亡友を覚えているのは素晴らしいことである。
 桃井和馬さんは、これまでに世界130ヵ国を股にかけ、紛争地帯、地球環境などの切り口で取材し、第32回の「太陽賞」を受賞されている。最近でも『National Geographic(ナショナル・ジオグラフィック)』(米国誌)の写真コンテストで、人物部門の最優秀賞になったようだ(発表は同誌8月号)。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員で、2004年10月より地球環境を映像として残すプロジェクト「G?Odyssey」に取り組んでいるという。「地球叙事詩G?Odyssey」をはじめ、「時代を見る! 時代を撃つ!」、「取材地リポート」、「戦争の時代を歩く」等など......メディア発信を続けている方である。
 桃井さんのブログにこんな言葉がある。「世界を衛星のように回り続けてすでに20年以上が経つ。紛争を追い、戦争に涙し、地球的規模で進行する環境破壊を前に、強い焦燥感と徒労感さえ覚えてしまう」。なんともつらい言葉である。桃井さんの取材地域は、チェルノブイリからルワンダ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アフガニスタン、イラク、ペルー、ケニア、タンザニア、インドネシア......と、ことごとく難問を抱えた国と地域である。その問題地域に挑戦する桃井さんの姿に、僕は情熱と行動力の点で目を奪われる思いがした。
 持参してくれた写真集『もう、死なせない!』(フレーベル館刊)も衝撃的な写真集で、その切り取られた惨状に見入っていると、「このような写真と文章がもっともっとある。作品をぜひ清流出版からも出していただきたい」と桃井さんから願ってもない言葉が出た。僕はすぐに、「大いに期待する」と言って応じた。この写真を中心にした企画に、僕自ら意欲が湧いた。
 桃井さんが帰った後、かれのホームページを見て、「地球叙事詩G?Odyssey」の項を見ただけで、志の高さがまざまざと感じ取れた。「1日を愛し、1年を憂い、千年に想いを馳せる」視点で、地球の資源・環境、人類の戦争・紛争を見続けている活動を応援したい気持ちが湧いてきた。僕は桃井さんの活動を勝手に「一人国連運動」と名付けたい。当の国連は迷走している。東西、南北の紛争が渦巻き、大国の勢力争いに終始している。それに引き換え、桃井さんのは掛け値なし一個人の志ある運動だ。こういった硬派のまっとうなプランが人々に受け入れられなければ、日本の将来はお先真っ暗だと思う。仮に出版企画として大成功しなくとも、現在の平和呆けした日本人と出版界に一石を投じる意味があると思いたい。

を書評に取り上げてくれたのも、同様に香原知志さんとの熱き友情の賜物だと思うが、いつまでも亡友を覚えているのは素晴らしいことである。
 桃井和馬さんは、これまでに世界130ヵ国を股にかけ、紛争地帯、地球環境などの切り口で取材し、第32回の「太陽賞」を受賞されている。最近でも『National Geographic(ナショナル・ジオグラフィック)』(米国誌)の写真コンテストで、人物部門の最優秀賞になったようだ(発表は同誌8月号)。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員で、2004年10月より地球環境を映像として残すプロジェクト「G?Odyssey」に取り組んでいるという。「地球叙事詩G?Odyssey」をはじめ、「時代を見る! 時代を撃つ!」、「取材地リポート」、「戦争の時代を歩く」等など......メディア発信を続けている方である。
 桃井さんのブログにこんな言葉がある。「世界を衛星のように回り続けてすでに20年以上が経つ。紛争を追い、戦争に涙し、地球的規模で進行する環境破壊を前に、強い焦燥感と徒労感さえ覚えてしまう」。なんともつらい言葉である。桃井さんの取材地域は、チェルノブイリからルワンダ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アフガニスタン、イラク、ペルー、ケニア、タンザニア、インドネシア......と、ことごとく難問を抱えた国と地域である。その問題地域に挑戦する桃井さんの姿に、僕は情熱と行動力の点で目を奪われる思いがした。
 持参してくれた写真集『もう、死なせない!』(フレーベル館刊)も衝撃的な写真集で、その切り取られた惨状に見入っていると、「このような写真と文章がもっともっとある。作品をぜひ清流出版からも出していただきたい」と桃井さんから願ってもない言葉が出た。僕はすぐに、「大いに期待する」と言って応じた。この写真を中心にした企画に、僕自ら意欲が湧いた。
 桃井さんが帰った後、かれのホームページを見て、「地球叙事詩G?Odyssey」の項を見ただけで、志の高さがまざまざと感じ取れた。「1日を愛し、1年を憂い、千年に想いを馳せる」視点で、地球の資源・環境、人類の戦争・紛争を見続けている活動を応援したい気持ちが湧いてきた。僕は桃井さんの活動を勝手に「一人国連運動」と名付けたい。当の国連は迷走している。東西、南北の紛争が渦巻き、大国の勢力争いに終始している。それに引き換え、桃井さんのは掛け値なし一個人の志ある運動だ。こういった硬派のまっとうなプランが人々に受け入れられなければ、日本の将来はお先真っ暗だと思う。仮に出版企画として大成功しなくとも、現在の平和呆けした日本人と出版界に一石を投じる意味があると思いたい。

 

 

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 桃井和馬さんが来て10日後、(株)フレーベル館編集局で活躍され、いまはフリーの編集者になった鈴木民子さん(写真)が来社された。会社を辞めた後、フレーベル館の編集局長が、桃井さんの写真集『もう、死なせない!――子どもの生きる権利』シリーズの続編をやれる人は鈴木さんしかいないと、また声を掛けられたという方である。そういう時期にわが社も桃井さんの企画を進めている。そこで、両社がバッティングしないようにするためにはどうしたらよいのか、率直に鈴木民子さんにフレーベル館の編集路線を聞いてみることにした。鈴木さんは気さくな人で、いろいろ話してくれた。同席した野本君が鈴木さんと親しいので、共通の知人の情報で盛り上がったことも大いにある。
 桃井さんの「地球叙事詩G?Odyssey」は、彼をよく知る鈴木さんでも概念の全貌は掴めないという。桃井さんご本人の言葉を借りると、「プロジェクトG?Odyssey」は、ギリシャ神話に出てくる大地の女神「Gaia」と、球体を指す「Globe」という、地球を意味する二つの「G」から命名した、地球環境を見すえるプロジェクトということだ。翻って、ギリシャの詩人ホメロスによって書かれた『オデッセイ』は、「存在の起源と目的」を見届ける長い放浪の旅を描いた叙事詩である。スタンリー・キューブリック監督の『2001年:宇宙の旅』の原題も『2001:A Space Odyssey』である。桃井さんの「地球叙事詩G?Odyssey」は、なにかしら壮大な試みを感じさせるではないか。
 桃井さんの企画もさることながら、僕にはもっと鈴木さんと話したい理由があった。鈴木さんの岳父のことだ。その人は、出版界にその名を知られた鈴木敏夫さんである。鈴木さんは、朝日新聞東京本社図書編集部員、主婦と生活・丹頂書房・トッパン各編集長を経て、読売新聞社に入社、業務局宣伝課長、出版局週刊読売編集部長、図書編集部長等を歴任。僕が出版界に足を入れて間もなく、鈴木敏夫さんの名著『基本・本づくり――編集制作の技術と出版の数字』(昭和42年 印刷学会出版部刊)が世に出た。前書き部分を入れると560ページにもなる分厚い本だが、本づくりの基本的なことを分かりやすく書いていて、まだ20代半ばの僕は夢中になって読んだものだ。「企画について」から始まり、編集という仕事の実際、原稿の整理と指定、レイアウト、書籍の本文以外の部分、校正の仕事、出版と法律、原価計算と採算、紙の常識、印刷の常識、製本の常識......、微に入り細にわたって論じられている。
 鈴木敏夫さんは、その後、平凡社・ほるぷ顧問、日本出版学会理事などを務められ、昭和55年に64歳でお亡くなりになった。鈴木民子さんの話によると、晩年は脳出血の後遺症に悩み、人前に出ることを極端に嫌がったという。僕と同病だが、わが出版界は本当に惜しい人を失ったと思う。

 

 

 

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 先月の本欄・清水正さんの項で、浦和ロイヤルパインズホテルにおいて『ウラ読みドストエフスキー』の出版記念パーティが行なわれたと報じた。その時、清水さんの知人で出席していた作家の岳真也さん(右)と、翻訳家の佐藤美保さん(左)が来社された。パーティを欠席した僕に、野本君が両人にぜひ会ってくれと熱心に勧めてくれた。多分、清流出版と新しい仕事が展開するに違いないと睨んだ気味がある。お会いしてみると、お二人とも清流出版から刊行するに相応しい方だと感じられた。
 ここで、岳真也さんのプロフィールを簡単にご紹介する。昭和22年、東京生まれ。私立駒場東邦高校を出て、慶應義塾大学経済学部を卒業、同大学院社会学科研究科修士課程を修了している。19歳の時、「三田文学」に中篇小説『飛び魚』を発表。卒業後はサラリーマンにならず、ラジオ・テレビの構成台本、CMコピーのライティング、ラジオの深夜番組のパーソナリティ、テレビのトーク番組の司会などに従事、その傍ら作家としての修業に励んだ。執筆された著書は、累計で約100冊。多作な方である。近年は、歴史時代小説に力を入れている。
 岳さんの新作『福沢諭吉』(全三巻 作品社刊)がこのほど完結して、第一巻の「青春篇」(2005年)が、この日、増刷が決まったという。岳さんの先輩である故・江藤淳さんは、執筆意図を聞いて、「君は書いてはいけない。おやめなさい」と諭したという話だ。いまとなってはその発言の真意を知ることはできないが、理由を聞いてみたい気がする。福沢諭吉翁を慶應系の評論家・作家は徹底して論じてはいない。その一方で、丸山眞男(『「文明論之概略」を読む』、『福沢諭吉の哲学』等)や坂本多加雄(『新しい福沢諭吉』、『瘠我慢の説』等)のような東大系の学者、評論家は福沢諭吉を素材にして素晴らしい仕事をしている。一種、不思議な気持ちがする。岳さんの作品はまだ読んでいないので、これまでの僕のイメージが覆されることを期待している。
 岳さんは、二十一世紀文学会、日本史寺子屋主宰、日本文芸家協会、三田文学会各会員で、目下、西武文理大学客員教授のほか、法政大学と早稲田情報ビジネス専門学校の講師を務めている。精力的に活動しつつ、仕事の合い間に趣味の競馬、旅と温泉、音楽(ギター)、朗読(詩と小説)......等を楽しんでおられる。昨年末の有馬記念で三連単の万馬券をゲットした強運の持ち主でもある。筆の方では、二十一世紀文学会を立ち上げ主宰し、芥川賞作家の三田誠広、直木賞作家の笹倉明、文芸評論家の山崎行太郎などの錚々たる同人メンバーを擁している。そのうち岳さんも負けずに何かよい賞を取るのではないかと期待している。
 翻訳家の佐藤美保さん(左)は、ご自分の名刺を出したが、岳舎・翻訳ラボラトリーに所属という名刺だった。岳舎という名から多分、岳さんがからんでいると思ったら、やはりそうで、翻訳学院バベルで岳さんが教えた教え子の一人が佐藤美保さんだったことが分かった。かつてバベルプレスから岳真也さんは『英日翻訳文章表現法』を出している。英語とは、深く関わりがある。当日、佐藤さんは自分の訳書『オーラ・パワー獲得法――未知の能力を開花させる七日間』(心交社刊)を持参された。清泉女子大学文学部英米文学科卒とのことだが、先に述べた二十一世紀文学会にも属し、エッセイ等を執筆されている。『過去世への旅 自分発見トラベルガイド』、『体外離脱実践法 時空を超える旅への誘い』、『エジソンに学ぶ「ビジネス思考」』、『ささいなことでカッ!となる男たち』等の訳書がある。今後、お二人には尚一層のご活躍を期待したい。

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