加登屋のメモと写真…: 2005年10月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2005年10月アーカイブ

千葉仁志さん 加藤康男さん 来生えつこさん

清流出版 (2005年10月 1日 20:28)

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 これまで本欄でも何回かご紹介した明星大学教授の正慶孝さん(右)が、畏友・千葉仁志さん(中央)を伴って来社された。千葉さんは『週刊現代』のアンカーマン(取材した記事や資料を最終的にまとめる人)として長く活躍された方である。政治、経済、皇室、宗教、社会事件などを担当され、自らも『大地震』(プレジデント社)、『秘蔵写真で見る日中戦争』(フットワーク出版)、『特殊法人は国を潰す気か』(小学館)他の著書がある方だ。
 あの草柳大蔵さんをはじめ、後の著名ジャーナリストとアンカーマンとして鎬を削った時代もある。普段は寡黙な方だというが、談たまたま懐かしい岩波映画制作所や東京12チャンネル時代の田原総一朗のこと、立花隆がかつて菊入龍介のペンネームを名乗って活躍していた頃のことなどに及ぶと、口もとが滑らかになられたのが印象的だった。
 千葉さんが貴重な書物や資料類を膨大に所蔵していることは、正慶さんから聞いて知っていた。単行本だけでも優に5万冊以上はあるというから半端じゃない。その本をいったいどう管理・維持しているのかを聞いてみると、千葉さんは「実は、前に住んでいた調布の家をそっくり書庫にしてしまった。本格的な調べものはそこでするが、普段は、いま住んでいる神奈川県大磯の自宅にある蔵書類で済ませている」とのお答え。僕は自分の蔵書からその膨大な蔵書量を類推し、一瞬絶句してしまった。
 その千葉さんがわが社向けに一冊単行本を編んでくれることになった。それが『隠れた名著で読む昭和史』(仮題)である。昭和に刊行された隠れた60冊の名著から昭和という時代を浮かび上がらせるものだ。いわば「隠れた名著でしか解明できなかった真実がある」という狙いからの発想である。以下に、取り上げた名著のごく一部をご紹介する。
『旋風二十年』(森正蔵著)、『迎えに来たジープ 赤い広場―霞ヶ関』(三田和夫著)、『総監落第記』(鈴木栄二著)、『アナタハン』(丸山通郎著)、『ニッポン日記』(マーク・ゲイン著)、『皇太子の窓』(ヴァイニング夫人著)、『日本の赤い旗』(P・ランガー、R・スウエアリンゲン著)、『東京旋風』(H・E・ワイルズ著)、『実録・旋風十年』(中島幸三郎著)、『裁かれた日本』(野村正男著)、『女の防波堤』(田中貴美子著)、『トラック部隊』(小林一郎著)、『創価学会』(佐々木秋夫、小口偉一著)、『日本しんぶん』(今立鉄雄著)、『派閥』(渡辺恒雄著)、『政界金づる物語』(三鬼陽之助著)、『麻薬天国ニッポン』(菅原通済著)、『犬猿の仲』(藤原弘達著)......等等。いずれ劣らぬ名著であり、歴史の証言ともなる貴重な本である。そのエッセンスを紹介するとともに、解説で今日的な評価を与え、価値ある情報で提供したいと千葉さんが言う。もちろん正慶孝さんも畏友の著書には一肌脱ぐ。「はじめに」か「あとがき」を書いてくれる約束となっている。

 

 

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 加藤康男さんが、硬軟取り混ぜて複数の企画をわが社に持ち込んできてくれた。このうち弊社の単行本戦略にマッチし、お互いに益するものを随時アレンジして単行本にしてもらうつもりだ。加藤さんはニューブリッジ・プランニングという企画・DTPの会社の代表者。長く集英社で文芸誌『すばる』編集長、出版部長等を歴任された。その後、「恒文社21」の専務取締役を経て、扶桑社の編集委員として最近まで活躍されていた。その経歴からわかるように幅広い企画、人脈をお持ちの方だ。
 まず注目した企画は、石原慎太郎の文学論であった。これにももちろん魅力を感じたが、石原慎太郎ならその前に出したい本がある。「東京から日本を変える!」を謳い文句に辣腕を振るってきた石原都知事。いまの時点では、多少早すぎるきらいもあるかとは思うが、これまでの石原都政を総括するとともに、行く末を論じられないかと逆提案したわけだ。
 幸いなことに、石原都知事のマスコミ関係インタビューは、公式記録として公開されている。その素材をもとに石原都政を総括したいという気持ちが強かった。著者は加藤さんの奥様であるノンフィクション作家の工藤美代子さんに気持ちよく引き受けていただいた。
 その打ち合わせからわずか1週間。『石原慎太郎の連隊旗――都知事会見記を読み切る』(仮題)の「はじめに」と「序章」の草稿を携えた加藤さんが、残暑厳しい中を来社された。持参された原稿を一通り読み終わった僕は、狙い通りにいけば世に問う価値のある作品になるとの自信を深めた。三島由紀夫は生前、石原慎太郎こそ、日本国の後事を託せる男と買っていた。石原との対談で三島は「僕が万年旗手で、いつまで経っても連隊旗手をやっていたのだが、今度、連隊旗を渡すのに適当な人が見つかった。石原さんにぼろぼろの旗を渡したい」と語っているほどだ。それを加藤康男・工藤美代子夫妻が思い出して、表題に選んだとの話だった。
 加藤さんには名編集者として、今後も中西輝政さんの『日本の国難』(仮題)等をはじめ、次々と新企画に挑戦していただくつもりだ。

 

 

 

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 9月21日の午後3時過ぎ、『夢の途中/セーラー服と機関銃』や『シルエットロマンス』などのヒットソングで知られる作詞家の来生えつこさん(中央)一行が来社された。今や来生さんは活躍の場を広げられ、作家・エッセイストとしての顔もお持ちである。藤木君が以前勤めていた会社の上司だった田中治郎さん(前列左端)は、独立して?みち書房の代表者となっているが、その田中さんのご紹介で、この日の単行本企画の打ち合わせが実現した。この席には?インタービジネスの代表取締役・利(かが)繁さん(右から2人目)も同席した。利さんはかつて東販(現・トーハン)に勤めていたが、文部省の要請でITによる教育振興を図る外部団体で活躍したと聞く(間違っていたらゴメンナサイ)。利さんが昭和40年代、東販に勤めていた頃の話をしてくれた。私にとっても懐旧の念にかられるお話だった。というのも、東販時代には、私の古巣ダイヤモンド社の社員とよく接点があったというのだ。それもそのはず、利繁さんは、仕入れ部門にいたと明かしてくれた。当時ダイヤモンド社の販売部を率いた石山四郎さん(後にダイヤモンド社社長、プレジデント社社長)、岩井希六さん、松木善信さんなどは、僕の青春時代そのもの、まだ雲の上の存在だった。
 来生えつこさんと言えば、お父上のことをお書きになった『突然失明して半身マヒになった父を看取って』(大和書房刊)の印象が深い。人間の心の気高さを追究する清流出版には、かねてから相応しい著者だと思っていた。実弟の作曲家・来生たかおさんとのコラボレーションによって、数々のヒット曲を生んだ作詞家の実力ももちろん知っている。
 その来生えつこさんの執筆リストを見てその実力を再認識した。ほぼ毎月、いろいろな雑誌にエッセイや短編小説の連載などをお持ちだからだ。藤木君に、ぜひ素晴らしい書き下ろし作品をと注文を出した。まだ詳しいことは明かせないが、今、来生さんが夢中になっている、ダイビングや着物などを通して心と身体の美しさとは何か?を、若い女性から中高年の女性までに考えてもらえる部分もあって、女性ファン必見の本になるはずと思う。来生さんの持ち味を損なうことのない、しっかりした本づくりを期待したい。

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