加登屋のメモと写真…: 2005年5月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2005年5月アーカイブ

写真と日記2005年5月

清流出版 (2005年5月 1日 19:34)

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?嶋中出版社長の嶋中行雄さんが、僕の車椅子を押してくれている。嶋中さんとはかなり古い付き合いだ。33年程前、僕の結婚披露宴の司会も嶋中さんだった。この日、嶋中書店の新刊書『里山の言い伝え お天気小母さんの十二ヶ月』(鈴木二三子著)を持参し、月刊『清流』での書評依頼をされたのだった。早速、担当の野本博君と図り、取り上げることに決定した。嶋中さんといえば、お父上の故・嶋中鵬二さん(中央公論社社長)から、わが家に二度お電話をいただいたことがある。最初は、『敗戦国の復讐――日本人とドイツ人の執念』(マックス・クロ、イブ・キュオー著 日本生産性本部)を行雄さんと共訳で刊行した時であった。「一冊の翻訳書を刊行したのは息子の人生にとって今後の励みになる」とお礼を言われ恐縮したのを覚えている。当時、行雄さんは23、24歳、ともに若かった。二度目は、僕がダイヤモンド社の編集者だった時、幕末維新史の隠れた資料『尾崎三良自叙略傳』(上・中・下 全三巻)の刊行先を相談されたので、中央公論社を推薦したことがある。刊行されて後、思いがけず司馬遼太郎さんが「第一級の史実資料である。過去の日本文化に重要なものが加わったという昂奮を禁じえない」と激賞した。その晩、鵬二さんは司馬さんの言葉を繰り返され、興奮冷めやらぬ口調で電話をしてこられた。その興奮ぶりが、つい昨日のように脳裏に浮かぶ。出版不況でお互い大変な時期だが、行雄さんとは今後も出版社の経営者同士として切磋琢磨していきたいと思っている。

 

 

 

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アメリカ在住の日系二世サナエ・カワグチさんの本を弊社から刊行することになった。勿論、原文は英語。原題は『A TIME OF INNOCENCE』。原稿がわが社に持ち込まれたのは、たまたま紹介者がいたからだ。その面々が、ある日、わが社に勢ぞろいした。左から、フリー編集者の久保匡史さん、カワグチさんを取材した際、原稿を直接託された画家の桐谷逸夫さん、NHKテレビの英語ニュースでお馴染みの桐谷夫人のエリザベスさん、翻訳者の堤江実さんの四人である。久保さんと桐谷逸夫さんは、かつて「リーダーズ ダイジェスト」時代の同僚。サナエ・カワグチさんの自叙伝だが、あらすじに触れると、第二次世界大戦下のアメリカで、日系人としての誇りを胸に行きぬき、夢を叶えるまでを描いている。日系人というだけで、差別や迫害を受けるが、家族や日系人同士で支え合いながら生き抜く。涙なくして語れない力作だ。戦後、ダンスへの情熱を貫いて、「マーサ・グラハム・ダンス・カンパニー」のメンバーに抜擢、ブロードウェイで活躍するまでの感動物語である。訳者の堤江実さんは元文化放送アナウンサー。翻訳の傍ら、詩と朗読のCDを出すなど多方面で活躍している。桐谷エリザベスさんは、目下、ダンスに夢中。ダンス競技会の裏事情もよくご存知で、本場ボール・ルームも近々見学に行かれるとか。競技会の内幕も含め、本を書いていただいたら面白いことになりそうだ。ご主人の桐谷逸夫さんは、麻生和子さん(吉田茂のご令嬢)の古い英文日記を預かっているとのこと。歴史的な秘話が多いと言う。僕はこの話に一番興味を引かれ、麻生和子さんのご承諾を得てぜひ上梓したいと思っている。

 

 

 

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獨協大学経済学部教授の千代浦昌道・淳子ご夫妻と杉並区方南町・長島葡萄房の音楽会での一こま。僕は千代浦先輩とは大学生時代からのお付き合い。うん十年前、千代浦さんが社団法人日本経済調査協議会に勤務されていた頃、不肖私がお二人の結婚披露宴の司会を務めた。以前勤めていたダイヤモンド社で、千代浦さんに翻訳していただいた本がある。『海洋資源戦争』(ジル・シュラキ著 1981年)という本だが、いかんせん時代を先取りしすぎた。中国、韓国、ロシアとの関係で、わが国は深刻な海洋問題が噴出している。今、出していれば、間違いなく話題を呼び、ベストセラーになったことだろう。この日、千代浦さんから『清流』誌に、いま話題の作家・市川拓司さんを取り上げる提案がなされた。市川さんは、『いま、会いにゆきます』『弘海 息子が海に還る朝』『そのときは彼によろしく』など、数十万部?百万部を超えるベストセラーを連発している。圧倒的に若い人の支持を得ている作家。時代の流れにぴったりのご提案だった。聞けば市川さんは千代浦教授の教え子。それを聞いて先輩には、雑誌に登場していただくだけでなく、わが社からの市川さんの単行本刊行にも協力してほしいとお願いした。

 

 

 

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その日、長島葡萄房で開かれた音楽会で、特別出演したピアニストの高橋アキさんと。アキさんの右の壁には、当日の主役、作曲家の故・早坂文雄さんのポートレートが飾ってある。アキさんは、早坂さんのピアノ曲『戀歌』No.3、4、 『ノクターン』『ポートレート』などを演奏された。黒澤明の『酔いどれ天使』『羅生門』『七人の侍』などの音楽作品で知られる早坂さんのピアノ曲は、いま聞いてもいささかも古びていない。現代的でしっとりと風合いのある曲である。アキさんは、兄上の高橋悠治さんと並びエリック・サティの演奏家として有名な方。僕もエリック・サティの大ファンだが、この日聴いた早坂文雄のピアノ曲も、掛け値なし素晴らしいものだった。

 

 

 

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米在住で国際政治経済ジャーナリストの藤原肇さんが、わが社のパソコンで検索中。世界を股に駆けて活躍されている藤原さんだが、長男の義務として今回、郷里津和野で行なわれたご母堂の法事のために来日。新企画の打ち合わせを兼ねて、その足でわが社へ立ち寄られた。藤原さんの話を伺って面白かったのは、森鴎外が成人してからなぜ生地・津和野に一度も戻らなかったのかという謎。この件は、単行本になったらぜひ読んでほしい。前著『ジャパン・レボリューション』は、正慶孝さんとの共著であったが、今度は十人の方との対談集。文豪・森鴎外の隠された真実をめぐって西原克成さん、水を燃やしてエネルギー源とする非線形磁場の理論という興味深い話を倉田大嗣さん、サイバネティックスと会計工学を結びつけた思想をめぐって日本経済の再構築の話を寺川正雄さん、ガイア(地球)の恵みと生命力の根源をめぐって佐藤法偀さん......など、ユニークなゲストを迎えて、藤原節が縦横無尽に展開される予定だ。

 

 

 

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今回、「水の英知」をテーマに単行本をご執筆いただいた百瀬昭次さん。この方は北海道大学理学部物理学科を卒業されて、日本製鋼所にサラリーマンとして勤務していた方。ところが荒れる教育現場の話を聞くにつけ、やむにやまれず衝動的に会社を辞め、百瀬創造教育研究所を設立されたという熱血漢だ。話を伺うと世の中は狭い。僕も旧知の仲の中嶋嶺雄さん(国際教養大学学長、前東京外国語大学学長)とは、松本深志高校で同級生だったとか。現在、百瀬さんは、全国津々浦々で青少年や親を対象にした講演会をしている。人間教育こそ、日本再生の切り札との信念があるからだ。百瀬さんの著書『君たちは偉大だ』は、実に20年の時を超えて売れ続けるロングセラーだという。わが社の水の英知をテーマにした単行本も、企画テーマ、内容ともに時代にマッチしたもの、ロングセラーになることを確信している。

 

 

 

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写真集『昭和のこどもたち』打上げパーティーにて。左から、担当編集者の長沼里香、山本真由美さん(影の撮影隊リーダー)、山本望愛(もあ)ちゃん(撮影隊マスコットガール)、山本邦彦さん(撮影隊リーダー)、石井透恵(ゆきえ)さん(石井さんの有能な秘書)、石井美千子さん(最後までこだわりを捨てなかった著者)、藤木健太郎企画部長、僕。銀座7丁目のレストラン「ダリエ」で開催した。このお店は、『清流』に「貞明皇后 大正天皇とともに」を連載中の工藤美代子さんのご母堂が経営しているレストラン。数少ないルーマニア料理を専門とするお店で、おいしいコース料理を十分に楽しんだ。この写真集『昭和のこどもたち』は、『清流』誌上で2003(平成15)年5月号から、2005(平成17)年4月まで丸々2年間、連載された。この間、人形制作・文の石井さんは、身体の不調に悩まされることもしばしば。カメラマンの山本邦彦さんも撮影中、何度も倒れた。毎回、撮影助手を努めた小学校4年生の望愛ちゃんも、いまや6年生になった。本当にご苦労様といいたい。単行本は連載終了を待たずに2004(平成16)年8月26日に刊行された。この日、イーピー放送株式会社から『昭和のこどもたち』をCSテレビに使いたいという話があった。高画質なデジタル・ハイビジョン画像を送れば『昭和のこどもたち』のファンも喜ぶのではないかという。1冊の写真集が波紋を呼んで、浸透して行くのはうれしい。

 

 

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番外編 世田谷美術館の「瀧口修造 夢の漂流物」展にて。4月某日、野本博君と一緒に観て感動したので、本欄でも記しておきたい。一言で言うとシュルレアリズム(超現実主義)の本質を伝える展覧会である。老若男女、多数の来館者も熱心にメモをとりながら鑑賞していた。詩人、美術評論家でありシュルレアリズムの紹介者・実作者として知られる瀧口修造さんだが、僕も若い時に親しくお付き合いをさせていただき、影響を受けたお一人だ。絵画・写真の個展、暗黒舞踏・アングラ演劇等をご一緒したこともあり、至福の時を過ごした。その思い出を胸に、会場を何度も巡回した。終の棲家となった新宿区西落合の瀧口家の書斎には、同時代の前衛美術家たちの贈り物があたかも「夢の漂流物」のように漂っていた。そうした美術品が、今回、世田谷美術館に展示されていた。昨年、東京国立近代美術館で見た「草間彌生 永遠の現在」展も僕が感激した展覧会の一つだが、草間彌生の作品が会場の冒頭にあった。わが社から近々、故・桂ゆきさんの著になる『余白に生きる』が刊行予定だが、この桂ゆきさんの偉才ぶりを絶賛していたのが瀧口さんだった。マルセル・デュシャン、マン・レイ、マックス・エルンスト、ジョアン・ミロ......は言うに及ばず、僕が大好きな武満徹の作品(CD演奏)と楽譜、かつて興奮した赤瀬川原平の「千円札裁判」の押収品もあった。瀧口さんがついそこにいるようで、僕は胸が一杯になった。東京地裁の法廷で特別弁護人として立ったこともある瀧口修造さんを囲み、新宿の喫茶店で芸術作品は法で裁けないという議論をしたことがついこの間のように甦る。これまで封印されていた迷宮の全貌を初めて知った気持ちがした。

 

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