加登屋のメモと写真…: 2005年4月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2005年4月アーカイブ

写真と日記2005年4月

清流出版 (2005年4月 1日 19:11)

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森本哲郎さんの『吾輩も猫である』の出版記念会から。前列左より著者の森本哲郎さん、淑徳大学客員教授の藤島秀記さん、僕。後列左より担当編集者の高橋与実、イラストレーターの大島理惠さん、森本哲郎事務所の田村朋子さん、藤木健太郎企画部長。撮影者は臼井雅観出版部長。森本さんとは前に勤めていたダイヤモンド社時代からのお付き合いだ。35年前、月刊『レアリテ』誌の連載コラム欄を依頼したのが始まり。同席した藤島さんも同じ出版社で出版局長、常務取締役等を歴任された方だ。藤島さんは森本さんの著書を刊行することで会社の業績に大いに貢献した。毎週、1万部をはるかに超える連続増刷のお知らせをしたこともある、夢の時代だった。夏目漱石の『吾輩は猫である』は森本さんにとって「枕頭の書」である。今回弊社から刊行した『吾輩も猫である』は、愛読書をあえてパロディー化、現代の世をバッサリ斬る意気込みで、3年間月刊『清流』に連載されたものだ。幸い各紙誌に書評が出て売れ行きもよく、在庫も僅少となっているので、近々増刷する予定。それにしても主賓の森本さんに元気がないのが気になる。体調が冴えないとこぼすことしきり。80歳を目前にして、元気回復するには旅しかないと、「ベトナム、カンボジャ、タイ......どこでもよいですからご一緒しましょう」と、藤島さんが提案。秘書の田村さんも「いつでもスケジュールを空けますから」と心強い発言。これまでも森本さんは過酷なサハラ砂漠行に十数度挑戦したのをはじめ、世界各国の辺境地を訪ねている。森本さんと藤島さんは、手掛けた本の思い出や共通の知人の近況報告で盛り上がっていた。僕も、前の社で手掛けた森本さんの著書『そして、自分への旅』を思い浮かべながら、森本さんが元気を回復するには、やはり旅が一番ではと思った。

 

 

 

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文化人類学者の西江雅之さん(左)。今夏弊社より刊行予定の『(仮題)文化とは?』の打ち合せで来社された。前著の『異郷をゆく』は、世界14の土地を旅してのフォトエッセイ集だったが、今回は文化人類学の領域でもまだ書かれていないことをご執筆いただく予定だ。西江さんといえば、ポリグロット(多言語を操る人)で知られる語学の天才。スワヒリ語からサンスクリット語まで何十ヶ国語の言語を話せる方である。西江さんの天才ぶりを語るうえで、格好のエピソードがある。西江さんが早稲田高等学院時代の話である。当時、『シートン動物記』を翻訳されていた内山賢次さんが「あとがき」で、原書で意味がわからない部分があり、識者に問いたいと書かれたのである。西江さんはそれを見て、アメリカ・インディアン語の、それもツィムシアン族の言語と読み解き、その文意を訳者に知らせたというのだ。お二人が初めて出会う場面が傑作である。高校生の西江さんを見て、内山さんは当の本人とは露ほども思わず、てっきり父親の代理で来たものと思ったそうだ。僕は大学に入学した時、高等学院の3年先輩で、数々の伝説の持ち主であった西江さんと是非お近づきになりたいと思った。だから大学時代、西江さんが所属していた仏文研に入ろうと思ったほどである。それはさておき、西江さんは、関係する大学(東京外国語大、早稲田大、東京芸術大各教授)を退職され、昨年からつい最近まで数ヶ月費やして、中国、台湾のフィールドワークに携わってきた。その研究テーマが「媽祖(マーヅォ)」。媽祖のことは日本の新聞・雑誌・テレビ等でも、まだほとんど報じられていない。西江さんの話を聞くととても面白いテーマで、興味をひかれた。宗教、政治、社会生活等の取材結果が公表されれば、クローズアップされそうな予感がした。みなさんに詳しく語りたいのは山々だが、単行本の上梓までおあずけとしよう。

 

 

 

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アナウンサーの小川宏さん。弊社から刊行予定の単行本『うつとガンからの生還(仮題)』の打ち合わせで来社された。小川さんといえば、NHKのアナウンサー時代に人気番組「ジェスチャー」の司会を15年間、フリーに転じてフジテレビ系の「小川宏ショー」は17年間続いた名物司会者。温厚篤実な人柄がにじみ出た司会ぶりで、視聴者の人気を博した人だ。その小川さんが平成3年秋に「うつ病」を発症された。翌年3月には、自殺未遂まで引き起こし、即、3ヶ月間の入院生活。自身、ストレスを溜めないと思っていたというから、まさかの「うつ病」診断結果だったわけだ。脱力感、食欲がない、人に会いたくない、何をするにも億劫になる。そんな「うつ病」の症状から抜け出せたのは、医師の的確な処方であった。抗うつ剤、睡眠薬の処方で快方に向かう。現在は抗うつ剤の服用は必要なく、軽い睡眠薬を処方してもらっているだけだという。その闘病体験記は講談社から刊行されたが、その後の闘病体験や講演・執筆活動で見えてきたものなどを大幅に加筆修正して一冊にまとめていただくことになった。まだまだこの病気を理解していない人がいたり、世間からの偏見で悩む人も少なくないと聞く。支え続けた夫人の富佐子さんのがん闘病と合わせ、『うつとガンからの生還』と仮題をつけたが、本書の刊行が、世間一般の人々の認識を変えるきっかけになればと思っている。

 

 

 

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明星大学教授の正慶孝さん。文字通り博覧強記の方だ。正慶さんと雑談をしていると、それをまざまざと実感できる。談たまたま昭和を彩った文学者に話が及んだとする。ここからが正慶さんの真骨頂である。その人物の出身地、生年はもとより、専門分野、趣味嗜好、出身中学・高校・大学名、職歴、業績、さらには先輩・後輩、友人および敵対する人まで、ありとあらゆる情報が立て板に水のごとく溢れ出てくる。正慶さんの凄さはその範囲が日本に止まらず世界に及ぶことだ。ジャンルも専門の経済学はもとより、思想・哲学全般、歴史学、社会学、政治学、文学、芸術全般......。まさに百科事典並みの知識で正確そのもの。僕は、学友・正慶さんのことを思うと、つい百科全書派(アンシクロペディスト)と名付けたくなる。また、正慶さんを評して「意味論の達人として数少ない日本人」「生きたセマンティックスを駆使する論客」などと言う方もいる。僕の見る限り正慶さんは、師事した社会学者・清水幾太郎さんを彷彿させる幅広い一流の教養と学識に溢れた人物だ。今回、わが社から出される『ユビキタス時代のコミュニケーション術』(可児鈴一郎・羽倉弘之共著)に「推薦文」をお願いしたが、その校正ゲラを持参してくれた。かつてダニエル・ベルの『二十世紀文化の散歩道』(ダイヤモンド社刊)は、正慶孝さんが苦労して訳出された。僕が編集で手掛けた最も思い出深い本だ。そのすばらしい成果を是非みなさんにも味わってほしいものだ。

 

 

 

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弥生会の細矢静子さん。細矢さんは、月刊『清流』を毎月5部、有料定期購読され、全国各地のお友達に配ってくれている。大変、奇特な方である。弥生会というのは故・宝生弥一師匠が創設した謡曲の下掛宝生流を学ぶ流友の集まり。現在は、ご子息の宝生閑先生(いずれも人間国宝)の指導を受けている。この会に、僕も学生時代からお世話になっている(目下、身体の都合で休眠中だが)。細矢さんは長年、日本女子大学関係のお仕事に携わってきたので、評伝『桜楓の百人――日本女子大物語』(舵社)に登場する平岩弓枝さん、高野悦子さんをはじめ、月刊『清流』によく取り上げられる日本女子大学出身の方々と直接お付合いがある。今回もよくご存じの武藤静子さん(95歳)が4月号の特集に登場していただいていることから、話が弾んだ。また、デザイナーの鳥居ユキさんもご紹介いただけるという有難い話も出た。こうした方々に支えられて、わが『清流』も創刊12年目の航海に入る。

 

 


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弥生会の連吟風景。昭和33年前後の貴重な写真。前列中央は安倍能成さん(一校校長、文部大臣を経て、当時、学習院の院長。弥生会会長)、その左2列目は作家の野上弥生子さん、左端の白い和服姿は細矢静子さん。漱石門下の錚々たるメンバーもみな下掛宝生流の流友である。

 

 

 

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章友社代表の永原秀信さん(左)とフリーライター兼編集コーディネイターの中村炳哲さん。章友社は、わが社とは目と鼻の先の千代田区九段北にあり、企画、編集、印刷の業務を手がけている会社。お二人は、酒井大岳さん(曹洞宗長徳寺住職、南無の会会友)の単行本企画を提案するため来社された。『(仮題)今を生きる 禅のことば』という企画だが、企画構成案を見ると、四十ぐらいの言葉で禅の心が分かる構成だ。大岳さんの文章をよく知る藤木健太郎君に編集担当してもらうことを決めた。わが社が手掛けたらいったいどういう本になるか、検討してもらう。談たまたま、永原さんが仕掛けた『はじめての雅楽――笙・篳篥・龍笛を吹いてみよう』(東京堂出版)の話になったら、藤木君が俄然興味をかきたてられたようで、雅楽の話題で盛り上がった。そのうち、わが社からCD付の雅楽の本を刊行することも検討してみたい。

 

 

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医療法人・立川メディカルセンター顧問の医学博士・田村康二さん。新潟県長岡市からわざわざお越し願った。未来工房大宮分室の代表取締役・谷島悦雄さんが紹介してくれた人である。田村さんは「時間医学」の第一人者として、テレビ番組などの医療解説で定評がある。今回は、すでに入稿済みで進行中の『(仮題)「症状のない難病」との上手なつき合い方――最新の医療を最大限に活かす知恵』の打ち合わせと、『(仮題)これで、人を見抜けるのか!――20のポイントはこれだ』等の企画ご提案が主たる目的だった。田村さんは最近、新書判で『「震度7」を生き抜く――被災地医師が得た教訓』(祥伝社)という本を上梓して、たちまち1万5000部増刷になったという。話を聞くと、具体的に大震災が起こったときの対処法など役立つ情報が満載で、売れている理由が理解できた。企画の立て方という意味では、いいお手本になる本だ。わが清流出版では、こうした本から学んだことを元に、どんな本を産み出してくれるのか?

 

 

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翻訳家の宮家あゆみさん。ニューヨーク在住。わが社から近々刊行予定の『(仮題)アイザック・スターン 音楽に賭けた79年』の打ち合わせで訳稿を携えて来社された。宮家さんは3歳のお子さんを育てながら、仕事に精を出されている。妊娠・出産前後に、『ブックストア――ニューヨークで最も愛された書店』『マイ・ハートビート』『ガール・クック』『チャスとリサ、台所でパンダに会う』と4冊の本を翻訳、出版されているのは驚異だ。その上、ご自分の出産体験をアメリカの雑誌に寄稿したのも天晴れというしかない。異国での日本女性の八面六臂の活躍ぶりには頭が下がる。

 

 

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雑誌『アメリカン・ブックジャム』編集長、小説家、翻訳家の秦隆司さん。前出の宮家あゆみさんのご主人である。今回、お二人の帰国は、一つには確定申告のためだとか。納税は国民の義務とはいえ、厳しいものだ。子連れ旅であり、旅費も時間も取られる。秦さんがかつて翻訳した『世界貿易センタービル――失われた都市の物語』(KKベストセラーズ)は注目を集めたが、その前に書き下ろし刊行された『スロー・トレインに乗っていこう――回り道した僕が夢を見つけたニューヨーク』は、ご自分の半生記。青春ノンフィクションとして心に深く残る作品だ。秦・宮家ご夫妻は、翻訳家として信頼が置ける方。わが社としても版権を取った中から、適宜発注していきたいと思っている。ご夫妻からは、アメリカのホットなニュースのご提供をお願いしたい。

 

 

 

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フリー編集者の高崎俊夫さん。映画に滅法強い人である。これまで中条省平さん、上島晴彦さんなどの本を仕掛けてくれた。今回は、吉田秀和さんが天才オペラ演出家と絶賛したという故・三谷礼二さんの本を提案してきた。聞くと、『CDジャーナル』に連載された幻のコラムを中心に編みたいようだ。仮題も『オペラとシネマの誘惑』とかなり具体的である。蓮實重彦さんも、熱烈な三谷ファンだったと聞く。クリアすべき条件があるが、刊行にこぎつけられれば楽しみな本になりそうだ。三谷さんは学習院大学中退の顛末がある。皇太子(現、天皇)を扱った日活映画『孤独の人』に出演したため、学習院院長安倍能成氏により退学処分を受けたのである。このホームページの細矢静子さんの欄を読み比べてほしい。安倍能成さんの覚えめでたい人がいる一方、三谷さんは退学処分である。さらには、『孤独の人』の原作者であった故・藤島泰輔さん(天皇のご学友)と僕は親しく付き合ってきた。と同時に、僕は大学生の頃、安倍能成さんに弥生会の席で何度かご一緒している。なんとも不思議な因縁である。

 

 

 

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番外編。3月某日、神田神保町の咸亨酒店で、歓送迎会を開いた。編集部の舘野竜一君の退社と石田裕子さんが出産休暇を取る間、総務経理を手伝ってもらう派遣の生澤美和子さんの歓迎を兼ねたものだ。舘野君は、北海道大学文学部哲学科卒の真面目な男で、トライアスロンを愛するスポーツマン。35歳の誕生日を迎え、新天地を求めて会社を去る決意したようだ。優秀な編集者であったので引き止めたのだが、決心は変わらなかった。僕から言わせると、あまりにも軽率な決断だと思うのだが......。「好漢、また清流出版で仕事をしたくなったら、いや酒を呑みたくなったら、将棋をしたくなったら、いつでも九段下を目指してくれ!」と言いたい。石田さんは2番目のお子さんで、世の少子化対策に貢献するところ大だ。よいお子さんが産まれるよう祈っている。生澤さん、約6ヶ月間、ご苦労様だが、総務経理のお手伝いをお願いする。

 

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