〈第1回〉日米口臭協定締結? - アーサーの「晴走雨録」
アーサーの「晴走雨録」
〈第1回〉日米口臭協定締結?

  わが家では「口臭協定」を結んでいる。もしぼくの息が臭かったら、妻はそれを教えてくれる責任がある。気づいたらすぐに。こちらも、妻の口臭を嗅ぎつけた場合、ためらわずに知らせなければならない。
 相手が虫歯になっている可能性があるし、口は健康のバロメーターなので、異常を早くキャッチしたほうがいい。しかも口臭は、本人が自覚しないことが多く、なにしろデリケートかつパーソナルな問題だから、気づいても他人にはなかなかそのことを口にできない。なんでもいえるはずの夫婦間で、互いの探知器を請け負おうと決めたわけだ。
 実は、そもそもそんな話し合いのきっかけとなったのは、イソップ物語だった。日本ではあまり語られていない一話なのだが、生きていく上で、とても大切な智恵が詰まっている。

「ボス・ライオンとその子分たち」

 ライオンはまわりの動物たちをこきつかい、腕力にうったえたりして、みんなを支配下においていた。
 ある日、子分の羊を呼びつけて、ライオンは聞いた。
 「おい、こっちへこい。おれの息が臭いかどうか、ちょっと嗅いでみろ」
 ライオンが口をあんぐりあけて「はあああぁぁぁ」と息を吐くと、羊は顔をしかめて「ずいぶん臭いですね」とこたえた。
 「ぶれいものめ! 食ってやる!」 ライオンは羊をかみころし、ガツガツゴックンゴックンとのみこんでしまった。
 しばらくして、こんどはライオンが子分の狼を呼びつけて聞いた。
 「おい、こっちへこい。おれの息が臭いかどうか、ちょっと嗅いでみろ」
 ライオンが口をあんぐりあけて「はあああぁぁぁ」と息を吐くと、狼は無理に明るい表情をつくって「少しも臭くありませんよ。とても香ばしいです」とこたえた。
 「バカヤロウ! おべっかつかいやがって! 食ってやる!」 ライオンは狼にとびついてズタズタにひきちぎり、ガツガツゴックンゴックンとのみこんでしまった。
 しばらくして、こんどはライオンが子分の狐を呼びつけて聞いた。
 「おい、こっちへこい。おれの息が臭いかどうか、ちょっと嗅いでみろ」
 ライオンが口をあんぐりあけて「はあああぁぁぁ」と、息を吐くと、狐は表情ひとつ変えず、「すみません、先だってからぼくは風をひいていて、鼻がつまってるのでまるっきりわかりません。役に立たなくて申し訳ないです」とこたえた。
 ライオンはきょとんとして、「しょうがないやつだな。さっさと帰れ」といった。狐は、なるべく鼻声っぽく「すみませんでした」といって帰ったとさ。

 来日してからずっと日米関係を見てきて、イソップのこの「ボス・ライオンとその子分たち」を、日本でもっと流布させたい気持ちになった。とりわけ永田町あたりで、しっかり覚えてほしい、というよりも実践してほしいと思うに至ったのだ。
 ボスであるぼくの母国に、思いやり予算をふんだくられたり、基地の移設をごり押しされたり、年次改革要望をのまされそうになったりしたときに、どう対応すべきか。ストレートに、正直に向かい合ったら、食いものにされてしまう。そうかといって、こびへつらっても結果はおなじだ。でも、冷静に言い訳をつくり、はぐらかして取り合わないままひきのばし、距離をおくやり方は見出せるはずだ。
 そして本物の「対等な日米関係」が育ったアカツキには、互いの問題点を指摘しつつ向上をはかることができるだろう。
 ま、プレジデントとプライムミニスターが口臭を教え合うところまで、接近しなくてもいいのだが。
 

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著者プロフィール
アーサー・ビナード アーサー・ビナード
(Arthur Binard)
1967年、米国・ミシガン州生まれ。
ニューヨークのコルゲート大学で英米文学を学び、卒業と同時に来日。日本語での詩作を始める。2001年、詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞、2005年『日本語ぽこりぽこり』(小学館)で講談社エッセイ賞、2007年『ここが家だ――ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞、2008年、詩集『左右の安全』(集英社)で山本健吉文学賞を受賞。最新刊は『亜米利加ニモ負ケズ』(日本経済新聞出版社)。翻訳詩集、翻訳絵本なども手がける。青森放送「サタデー夢ラジオ」、文化放送「吉田照美ソコダイジナトコ」でパーソナリティーをつとめる。
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